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第64話 嫁ムーヴ(金曜日)

 月曜の夜九時、スナック「魔女の大鍋」。



 カウンターの灯りが静かに揺れる中、イゾルデは琥珀色の液体を一気に流し込んだ。目には涙が光っていて、その声は枯れていた。


「うそでしょ、なんでよ、なんでなのよ。よりにもよって、レヴィアタンとモルガディアのペアって……!」


「うぐっ、うぐっ、うぐっ…私、何が悪かったの?」


 店内は平日の静けさだけが流れている。


「ママ、もう一杯!」


「その辺にしときなよ。ねっ」


 イゾルデは声を震わせながら告白した。

「ママ、私さ、土曜日には死ぬんだ。だから最後くらい、好きにさせてよ、ねっ」


 ママは大きく息を吐いて、諦観をたたえた顔で言った。

「しょうがないね。いいかい、今から起こること、絶対に内緒にできる?」


「なにか、いい案あるの?」とイゾルデ。


「占ってやるよ。今回の戦いを切り抜ける方法を。」


 ママの声には一切の遊びがない。条件が続く。


「ただし二つだ。ひとつ、私の占いで教えたことを誰にも言うな。『ママの占いで』なんて口に出すんじゃない。

 

 二つ、占いに出たことは必ず守れ。守れなければ、生きて帰れないよ」



 イゾルデは震える手を差し出し、固く頷いた。

「うん、ママ。ありがとう。必ず守るから。」





 金曜日の朝



「ほら〜、もういい加減起きなよ。」と、体をゆすられて目をこする一人。


「あっ、おはよう」


「おはよう。ご飯できてるって」と永遠


 制服にエプロンの亜紀は、なんのためらいもなく朝の主婦ムーヴを全開にしている。

 席に着くと、いつもの朝ごはん。ご飯に味噌汁、卵焼き、納豆


「いただきま〜す」

「いただきま〜す」


 そこへ永遠が颯爽と現れ、当たり前のように家成家の冷蔵庫を開ける。


「冷蔵庫、A型しかないのか〜」と献血パックを取り出し、チュウチュウと啜り始める――朝の食卓に、微妙な間が生まれる。


 亜紀は味噌汁をすする手を止めずに言う。


「お弁当、今冷ましてるから。自分で蓋して持っていくのよ。忘れないでね」


「あっ、ありがとう」と一人。


「……………」と永遠。


 朝の雑談もそこそこで、三人は今日もいつものように登校していった。




 ――時間は流れて放課後。



 家成家の玄関のドアが開く音がした。



「あっ、帰ったんだ〜 おかえり〜」と奥から亜紀の声。


「うん、ただいま〜」と一人はいつものように返す。


 食卓には今日の夕食。ご飯、味噌汁、とんかつ、野菜サラダ。


 二人で手を合わせ、同じリズムで「いただきます」を口にする。


 こんな何気ない食事が、彼らにとっての“日常”になっていた。


「明日はお母さんが帰ってくるね。新婚さんみたいで楽しかったよ。寝不足だけど」


「そうだね。でも、この生活は続くよ。続けてみせる」と亜紀が胸を張る。


「いい、明日は敵と味方に別れるけど、絶対、あんたを守る。死なせないから。そしてこの生活を続ける。約束だよ」


「うん、そうだね。なんだかんだで楽しかったよ。恨まないから、自分のやりたいようにやりなよ」と一人も返す。




 そのやり取りの最中、どこか遠いところで昔の記憶が顔を覗かせる――サマエルが、不意に笑ったような気がした。


「なんだかんだで、楽しかったぜ。ふふ、俺を殺して突き出しても、いいさ。お前なら」


 ──そんな声が、胸の奥で反芻される。


(サマエルもこんな感じだったな、ふふ)と亜紀は微笑む。


「うん、死ぬなら、あんたと一緒がいいね。そうするよ」と、素直な口調で付け加える。



 背後から澪の声が冷たく響く。

「騙されるんじゃないぞ」


 亜紀が振り返る。

「はっ、私がこいつを騙す?自分の家族を裏切るとでも?」と怒気を含ませる。


「明日、殺しに来るやつの言うことなんか信じられないだろ?」と澪。


「ふざけんじゃないわよ。一人が死ぬときは、私も死ぬ覚悟あるんだ!!」

と亜紀。


「どうだかな?お前はサマエルしか見てないからな?」と澪が返す。


「いや、違うね。明日と言わず、今、殺ろうか」と亜紀が挑発する。


「いいね。負ける気がしないけど」と澪。



「もう やめてくれ!!」と一人が叫んだ。空気が一瞬張り詰める。


「もういい、明日まで何処かに行く。もし戦ったら明日は戦闘場に行かないから。

それと付いてこないで。今日は一人になりたい」


とだけ言い残して、外に飛び出した。



 一人はただ歩いた。考えないように、何も考えずに。


 ただ足が向くままに繁華街へと向かう――どこかに誘われるように。


夜が近づくにつれて、胸の中の何かがざわめき始めていた。



 時間は、そろそろ夜の九時。

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