第61話 インセプション
夜、午前0時すぎ。
亜紀は胸の奥に冷たいざわめきを感じ、ハッと目を覚ました。
「……なんだろ。嫌な予感がする。」
時計を見ると0時5分。
本来なら、この時刻は“りり”が現れるはずだった。
隣に目をやると、一人はスヤスヤと安らかに眠っている。
その寝顔に――
「ムフフフ……へへへ……」
妙に楽しそうな寝言が混じる。
「……もしかして!!」
亜紀の背筋に電撃が走った。
放課後、家成家。
「ただいま〜。」
一人が玄関を開けると、いつものように奥から声が返ってきた。
「あっ、帰ったんだ〜。おかえり〜!」
出迎えたのは、高校の制服姿にエプロンをかけた“りり”だった。
柔らかな笑顔。温かな日常。
――そう、これが既に当たり前になりつつある「世界」。
「うん、ただいま。」
「ご飯できてるから、手洗って着替えてきてね。」
自然に差し出される家庭的な仕草に、胸の奥がじんわり温まる。
けれど、一人の口から何気なくこぼれた一言が――この“夢”にひびを入れた。
「今日さ、部活で大変だったんだ。澪と永遠と亜紀が言い争ってさ……」
りりは首を傾げ、すぐに笑った。
「えっ? 誰それ? そんな人、高校にいないよ。変な夢みたんじゃない? ふふっ。」
「……あれっ、そうだね。なんでだろ……?」
記憶が曖昧になる。
目の前のりりが、確かに“正しい世界”のように感じてしまう。
「ほんと、変な一人。でもね、高校内で私たちが“学生結婚”してるのは内緒だからね。いい?」
「そうだね。バレたら退学だもんね。」
「そうそう!」と笑顔のりり。
その表情は完璧なまでに“妻”そのもの。
「そうそう、僕が土下座してプロポーズしたんだった。ごめんね。」
「もう……いいよ。頼まれた時は“変な人”って思ったけど。仕方ないかな、そこまで想われちゃあ……。あんたに押し負けたしね。」
「君みたいなすばらしい奥さんを持てて、僕は世界一の幸せものだよ。」
「ふふ、正直だね。――まあ、これからも私についてくればいいよ。あんたのこと本当に考えてるのは私だけ。他の女に騙されちゃ――」
「ちょっと待ったぁぁぁ!!!」
空気を切り裂くように、甲高い声が響いた。
立っていたのは――亜紀。
「……あんた、なんでここに? ここは私と一人しか来れないはずなんだけど。」
りりの声が低く落ちる。
亜紀は腕を組み、冷ややかに睨みつける。
「はっ、私が“最上位のサキュバス”ってこと忘れてない?」
「ちっ……いいとこ邪魔しないでよ。」
「邪魔? あんた、夢の中で一人を洗脳してるよね。」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。ただ“ほんとのこと”を教えてるだけじゃない。」
「いけしゃあしゃあと……何言ってんのよ!」
「嘘じゃないもん! 本当に学生結婚するんだから!」
りりは子供のように声を荒げる。
「はぁ!? なに刷り込んでんの! 結婚できるのは18歳から! 男女ともに、ね!」
「細かいこと言わないの! だって、あんたも結局一人のこと好きなんでしょ!?」
「それとこれとは話が違うでしょ!!」
夢の世界の中で、二人のサキュバスは真正面から火花を散らす。
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。
今後もよろしくお願いします!