第60話 嫁ムーヴ(水曜日)
「ほら、起きろ。朝だ、ご飯できてるぞ。」
布団を軽く揺さぶられて、まぶたを開ける。
視界に入ったのは、エプロンをかけた制服姿の澪。
「あっ……おはよう。」
「いつまで寝てるんだ。まったく……。早く支度しないと遅刻するぞ。」
そう言い残して、澪は階下へと降りていった。
階段を下りると、キッチンには亜紀と澪の二人。
どうやら手分けして朝食を用意していたらしい。
テーブルに並ぶのは、ご飯、味噌汁、鮭の塩焼き、ほうれん草のおひたし。
「いただきま〜す。」
三人同時に手を合わせて、朝食が始まる。
「……あんたたちさ、夜中もう少し静かにしてよ。寝不足なんだから。」
と亜紀が不満げ。
さらに追撃が飛んでくる。
「それとね、寝坊しかかったから今日のお弁当は朝食と同じ。シャケ弁当だから。いい?文句言うんじゃないよ。」
「はい……」と僕。
「うん……」と澪。
気づけば、お弁当は三つ並んでいる。
「あれはあんたのだから! 当たり前だけど、弁当箱はちゃんと洗って返してね。いい?」
澪に釘を刺す亜紀。
「あ、ああ……すまない。」澪は気まずそうに目を逸らした。
「なんだかんだで、この朝食も亜紀がほとんど……」と澪がぼそり。
「そうなんだ。ありがとう、亜紀ちゃん。」と僕が素直に礼を言うと――
「そろそろ、その“ちゃん”やめない? 私だけ“ちゃん”づけって、なんか距離感あるんだけど。」
亜紀のじっとした視線が突き刺さる。
「だね。わかったよ……亜紀。」
「まあ、いいってことよ。ふふん。」
満足そうにドヤ顔を決める亜紀。
こうして、水曜日の朝が始まった。
夜にはまた――お約束の展開が待っているのだろうか。
放課後、家成家。
「ただいま〜」
玄関を開けると、奥から元気な声が返ってくる。
「あっ、帰ったんだ〜。おかえり〜!」
もちろん、亜紀である。
それがもう日常になりつつあり、心地よい。
「うん、ただいま〜。」
靴を脱ぎかけたところで、矢継ぎ早に注意が飛ぶ。
「あんたさ、靴揃えてないでしょ。それくらい自分でやってよね?
あと、今日ゴミ出し忘れてたでしょ。あれ、あんたの担当だから。子供じゃないんだから、いちいち言わせないでよ。」
完全に主婦モードだ。
「はい……。」僕は返事しかできない。
「まあいいや、ご飯できてるから。」
テーブルには、ご飯、味噌汁、ハンバーグ、ポテトサラダ、野菜スープ。
ハンバーグを口に入れると、ジュワッと肉汁が広がる。ご飯が止まらない。
(……やばいな。本当に亜紀のいない生活なんてできなくなりそうだ。)
「ふふっ。今“やばいな、本当に亜紀のいない生活なんてできなくなりそう”って思ったでしょ!」
亜紀が勝ち誇ったように指を差す。
「えっ……なんでわかるの?」
「ふふん、女の勘ってやつだね。というか顔に書いてあるし。――ふふん、私に溺れるといいわ!」
鼻息も荒く、得意げに胸を張る亜紀。
夜八時。
「ごめん、連日で眠い……もう寝るから。」
「もう少ししたら私も寝るから、先に寝てて。」
まるで夫婦のような会話だ。
こうして、水曜日もまた“嫁ムーヴ”に彩られて幕を閉じた。
そして明日もきっと――お約束の続きを迎えるのだろう。
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