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第7話 不死の魔女

 

「まいったね」


 部室に残った白雪澪は、誰もいない空間にぽつりと呟いた。



「出遅れた。どこの何者か知らないけど……人の〝男〟にちょっかいをかけるなんてね」


 その声音は、先程見せていた優しい先輩のものではない。



 冷たく、そして挑発的に笑う女の顔だった。



「……まあ、相手は人外のようだ。根付で牽制はしたけど、どう出るかしら」


 口角を吊り上げると、彼女の黒い瞳に、一瞬だけ異様な光が走った。




 ――不死の魔女。



 白雪澪という女の、もうひとつの顔が、静かに目を覚ましていた。



 放課後の部室。


 ただ一人残された白雪しらゆき みおは、窓際の椅子に腰を下ろし、机に肘をつきながら思案に沈んでいた。


 ――このままの距離感が、ちょうど良かったのに。



 少しずつ、彼の日常に染み込んでいって、気づけば「澪のいる生活」が当たり前になっている。


 そのはずだった。


 けれど、今日。


 あの“お守り”を見た瞬間から、胸の奥がかき乱されて仕方がない。


 狂おしいほどに、ざわめきが止まらない。


「まずいね……彼を失うのは、本当にまずい」



 澪は低く呟き、こめかみに指を押し当てる。


「あり得ないとは思う。でももし……もし他の者が“あの力”に気づいてしまったら――」




 その瞬間、彼女の瞳に、暗い炎が宿る。



「その前に……私のものにしなきゃ。私だけのものに。私だけのものに。私だけのものに、私だけのものに――」


 言葉が溢れる。



 一度考え始めると止まらない。



 感情の抑制が利かない。



 それは――不死化の副作用だった。





 300年前 ――異世界・魔女の工房


 ある異世界の片隅。


 鬱蒼とした森の奥にそびえる、古びた屋敷の大広間。


 そこには、直径百メートルを超える巨大な魔法陣が描かれていた。


 魔力を増幅させる八つの魔導装置、そして王国の禁庫から密かに持ち出した数多のアーティファクト。


 その中心に立つのは、一人の魔女。



 ――モルガディア・ノクス。



「本当にやるつもりなの? モルガディア。これ、正気じゃないわよ」


 鋭い赤髪を揺らしながら、もう一人の魔女が問い詰める。



 イゾルデ・タナトス。モルガディアの親友であり、稀代の賢女でもあった。


「失敗すれば……王国の半分が吹き飛ぶ。そのくらいの魔力を出力するつもりなんでしょう?」



「ふふ。誰も到達できない高みへ行くのよ」


 モルガディアは静かに笑い、魔法陣に手をかざした。


「“批判されたくないなら、新しいことに挑戦すべきではない”――異世界の人もそう言っていたわ」


「だれよ、それ……ほんとに異世界の言葉なの? やっぱり、あんたはイカれてる」


 イゾルデは深く息を吐くと、しかし楽しげに微笑んだ。


「でも最高ね。成功しても、失敗しても……歴史に残るわ。いろんな意味で」


 大広間が震える。


 八つの魔導装置が共鳴し、膨大な魔力が渦巻いた。


 光が迸り、空間そのものが悲鳴をあげる。


 魔法陣の中心――モルガディアは、光に包まれた。


 その身を呑み込むように、力が集約していく。



 ――そして。



 閃光が収束した時。


 彼女は、静かに立っていた。


「……成功、したの?」


 イゾルデが恐る恐る声をかける。


 モルガディアは腕をかすかに切り裂き、その傷を確かめる。


 瞬く間に、傷は塞がった。


 やがて彼女は目を見開く。


「……これは」


 戦闘を重ねるごとに実証されていった。


 彼女は傷を負っても瞬時に治癒する。


 それだけではない。


 魔力量は桁違いに膨れ上がり、肉体は獣人をも凌駕する俊敏さと強靭さを備えた。


 記憶力、洞察力、処理速度――その全てが、常人の領域を遥かに超えていく。



「不死の魔女」の誕生である。



 * * * 



 ――研究は、成功したかに思えた。


 だが、その代償はあまりに大きすぎた。


 力を得てからというもの、私は抑制が効かなくなった。


 些細なことで苛立ち、時として攻撃的になる。



 最悪なのは――忘却できないこと。


 一度怒りに火がつけば、その怒りは永遠に燃え続ける。


 悲しみが押し寄せれば、涙は途切れることなく溢れ出す。


 感情のスイッチが入ったが最後、切り替えは二度と訪れない。



 皮肉な話だ。


 不死を求めた結果、私は死人のような生活を送ることになった。



 一日のルーティンは決まっている。


 それを崩されれば、パニックに陥る。


 なぜなら、刺激があまりに危険だからだ。


 一度でも強い刺激を受ければ、その感覚が永続してしまう。


 快楽も痛みも、嫌悪も歓喜も――永久に。



 私はこの世界に来た。


 生き延びるため、なるべくストレスの少ない環境を求めて。


 政情が安定し、刺激が少ない国。必然的に、行き着いた先は日本だった。

 本当なら家に引きこもっているのが一番安全だ。


 でも、それでは退屈すぎて、気が狂う。


 我ながら我儘だと思う。



  だから私は、魔法を用いて毎年「高校三年生」を繰り返している。


 数十年。いや、もっとだろう。


 最初のうちはそれなりに楽しめた。けれど、流石にもう飽きてきた。


 それでも続けるのは――「部室」だけは安らぎの場所だからだ。



  私は群れるのを避けている。



 ――けれど、心の奥底で、私は待ち続けている。


 いつか、それを揺り起こす存在が現れるのを。



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