第57話 ゼロ・ダーク・サーティ
「あっ うん おやすみ」
同じベッドに入って灯りを消すと、部屋には寝息だけがころがる。
掛け布団の重みが落ち着くはずなのに、亜紀の胸の内は大嵐だ。
(あれっ…なんか前世みたいに、普通に接したけど…)
(前世の彼と今の彼って、人格もだけど……肉体も違うようね。魂は同じでも……)
亜紀は小さく深呼吸して、自分に言い聞かせるように囁いた。
「もしかして、私、浮気してる?!」
その言葉は布団に吸われるどころか、頭の中でリバーブをかけて何度も返ってきた。
(いや、まずいって。サマエルが覚醒したら“浮気認定”されるかも)
思考は高速で二転三転する。
(でも、魂は同じだよ。記憶も共有する……と思う。なら人格も……)
(いや、いや、いや。今の段階では、もはや別人だよ。これ、浮気じゃないかな)
チラリ、と横の一人を覗き見る。寝息は確かに穏やかだ。
(寝てるフリしてるな? まあ、そうよね。私みたいな超絶かわいい女子が隣に寝てたら、気後れして手が出せないよね。寝てるフリまでして、かわいい奴)
そう思った瞬間、秘めた悪魔(=亜紀)の本能がささやく。
(うーん、仕方ないか〜。同じベッドに男女が入って何も起きないって、今更だし……まあ、我慢出来ないときは、受け入れてやるか)
小さな企みが顔をもたげ、亜紀はそっと体を横にずらした。背中とおしりを一人にぴたりと密着させる。「偶然」を装って。
(ふふ、悶えるといいわ。理性が決壊寸前の顔、拝みたい)
――一分後。何も変わらない。寝息はそのまま。
「あれっ」亜紀、独り言。口元に困った笑いが滲む。
(こいつ、まだ踏み切れないの? ヘタレもここまで来ると尊敬するわ)
仕方なく、亜紀は次の一手を打つ。目を閉じ、わざとらしく抱きついてみる。温度と香りを直に感じるための、わかりやすい仕掛けだ。
――また一分後。反応薄し。
「あれっ」また独り言。
「おーい」亜紀は一人のほっぺをつん、と突く。
「うーん…」寝言が返る。
「おーい おーい」さらに強めにつんつん。
一人は亜紀に背を向け、そのまま寝る。無関心の極致。
その瞬間、亜紀の中で何かがプツンと弾けた。
「お前 いいかげんにしろよーーーーーー!」
怒号とともに、一人が飛び起きる。寝ぼけた顔が、瞬時に本気の顔になった。
「何、何、なに?」一人、完全にフリーズ。
「横に超絶美少女の私がいて、そのまま寝るとか、あるの?」亜紀の目は鋭い。
「何、何、なに怒ってんの?」一人、明らかに動揺している。
「少しは悶々としなさいよ。男でしょ」亜紀、渇を入れるように言い放つ。
「あ、あ、あっ はい……」一人、震える返事。
亜紀はため息をひとつ。
「もういいわ」
言い捨てて再び布団を引き寄せる――その刹那、空間が波立った。時計の針が0時を回ったのだ。
「いっしょに寝るよ〜」永遠が突如としてベッドの中に出現した。瞬間移動
しかしベッドの中には亜紀が…
「なんで、あんたがいるのよ」永遠、目を見開く。
「私、嫁だから。夫婦が同じベッドで寝るのは当然でしょ」亜紀は淡々と言う。
「はっ」永遠、小さく声を漏らす。
「あ゛」と亜紀も返す。
ベッドの上で二人が口論を始める。その真ん中に押し込められているのは、当然ながら一人だ。
こうして、三人は川の字状態で布団に収まることになった。
しかし眠気など訪れるはずもなく、結局2時間ほど小声での口論が続く。
「もう寝ようよ。寝かせてください。お願いします」一人の必死の懇願もむなしく
その夜、家成家の六畳間は、奇妙な熱気と小競り合いで、朝までずっと落ち着くことはなかった。
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