第55話 ヤングガン
月曜日、放課後。
映画研究部の部室は、いつものようにゆるく騒がしく――しかし今日は、少しだけ違った。
「じゃじゃーん! これを見なさい!!」
制服姿の亜紀が、バンと掲げたのは一枚の紙切れ。
「……また、なんか始まった」
澪が眉間に皺を寄せる。
「なになに〜?」とりりが首を伸ばす。
永遠は無言で、献血パックのストローをチューチュー。
そこに踊るタイトルは――
契約書
部室が一瞬で静まり返った。
「ちょ、ちょっと待って。なにこれ……」澪が青ざめる。
朗々と読み上げる亜紀。
「今回の討伐隊参加の報酬の内容として、以下の通り定める――
アグラット・バット・マハラト(以下『甲』という)と、悪魔王サタン(乙1)、王国教会(乙2)(以下『乙』という)は……」
「え、ちょっと待って!? なんで悪魔と教会が並んでるの!?」澪のツッコミ。
「……ふむふむ。
『家成一人が生存していた場合、甲に対し乙(1)(2)は、優先的庇護権と身上監護権を認める』
『家成一人が死亡した場合、甲に対し乙(1)(2)は、その亡骸と次回の転生先情報の取得開示をする旨と
その転生先で、庇護権、身上監護権を認める。』」
澪が叫んだ。
「え、なにこれ!? 完全に嫁扱いじゃん!」
「まあ、嫁だしね。こんなのなくてもいいんだけどさ〜」
フン、と鼻で笑う亜紀。謎のマウントだ。
「こんなのダメだよ! もう悪魔の契約があるのに!」りりが机をバンッと叩く。
「ふふ。あんたのは『結婚したら』でしょ? 名目上。
でも、私のは実質『事実婚』だから〜。まあ、名目上でも私の許可が必要だけどね♪」
「メイモクジョウ? ジジツコン? なにそれ?」
りりの頭の上に、ハテナが乱舞する。
「そもそもこんなの、一人の同意がなきゃ無効でしょ!」澪が正論を放つ。
「……それが、できるんだなぁ〜。ふふふ。下を見よ!」
亜紀が紙をクルッとひっくり返す。
そこには――家成一人のサイン。
「えっ!? 嘘でしょ!? なんでサインしてるの!?」澪絶叫。
「書いてもらったんだよ♪ へへっ」
亜紀の笑み。
ギギギギ……とホラー映画さながらに首を回す澪とりり。
その先には――バツの悪そうな顔の一人。
(こわいこわいこわい……逃げたい……)
「だ、だって……なんか、書いてって言うから……意味なんて知らな……」
「おめえぇぇぇ! なんちゅうもんにサインするんじゃぁぁぁぁ!!!」
「えっ!? なんで!? わけわかんない!!!」
部室の空気が一気に修羅場と化す。
その中、永遠だけは冷ややかにストローを咥えたまま。
「……まあ、そんなの関係ないけどね。ふふ。
いざとなれば物理的にどうとでもなるし」
「……あ、そうか」澪。
「うん、そうだね」りり。
「はぁ!? あんたたち社会性ゼロ!?」亜紀が呆れ返る。
その瞬間――亜紀の脳裏に、体感一年前の記憶がフラッシュバック。
エイシェト「はっ、あいつらそんな条件出してんの?」
ナアマ「殺ればいいじゃん」
エイシェト「そうだね。殺るわ」
リリス「賛成〜」
(ああ……そうだった。基本、アウトローだった……こいつら見てると、義妹たち思い出すわ〜)
亜紀は――腹を抱えて笑い出した。
「ふふっ……あんたたち、最低で“最高”だわ! ほんとバカすぎ! ふふふふ!!」
「……なんか、今すっごいバカにされた気がする」
永遠のジト目。
「いやいや、ほんと“最高”。そうこなくちゃ。こんなのどうでもいいわ!」
涙を流しながら、亜紀はビリィッと契約書を破り捨てる。
「欲しいものがあれば――実力で手に入れる。それが“私たち”でしょ?」
「……やっと、あんたらしくなったじゃん」永遠が肩をすくめる。
「まあ、こっちの方が似合ってるわ」澪。
「うん、だね。らしくないことはしない」りり。
「前々から言ってるけどさぁ……そういう話、本人のいないとこでしてくれない?」
一人の小声は、結局誰にも届かなかった。
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