第53話 悪魔のレストラン
それから数日後の日曜日。
愛川家のリビングには、永遠と澪、そして一人が揃っていた。
レヴィはロングソファに腰掛けながら、いつもの調子で口を開く。
「みんな、揃ったわね。じゃあそろそろ、行きましょうか!!
ご丁寧に“顔合わせ”と“ルール説明”するんですって。
まあ、食事はあっち持ちみたいだから、おいしくいただきましょう。
……ま、何かあったら旦那が飛んでくるようにはなってるから。
別の場所で待機してもらってるし、安心して。」
言い終えるのとほぼ同時に、愛川家の前に黒塗りの車が数台並ぶ。
リムジンのような威圧感はないが、それでも十分な“格式”を感じさせる車列だった。
高校生組は制服姿、りりは黒のフォーマルワンピース。
レヴィも同じく黒のロング丈のワンピースをまとい、落ち着いた雰囲気を漂わせている。
その姿はどこか、貴族の晩餐にでも招かれたようで――そのまま全員が車へと乗り込んだ。
◆ ◆ ◆
車列は住宅街を抜け、繁華街を越え、さらに郊外へ。
やがて一行の視界に飛び込んできたのは、重厚な石造りの邸宅だった。
重要文化財を思わせる佇まい、手入れの行き届いた洋風庭園、中央で水を噴き上げる噴水――
落ち着いた景観と威圧感が、否応なく「特別な空間」へと彼らを誘う。
ドアが開き、次々と降り立つ一同。
ドアマンが恭しく邸宅の扉を開くと、そこには赤絨毯に磨き抜かれた調度品、金縁の額縁に収まった絵画。
どこか舞踏会の前夜を思わせる上質な空間が広がっていた。
「こちらへどうぞ」
案内役のウェイターに導かれ、重厚な扉を開くと――そこにはすでに円卓が用意されていた。
その席には、既に数名の男女が腰掛けていた。
スーツを着た二人の男、そしてフォーマルな衣装を纏った四人の女性。
その中心に座していたのは――悪魔王サタンと、聖女セラフィーナ。
すでに今回の“討伐隊”の面々が顔を揃えていた。
ただし、全員が人間の姿をしている。
「よく来てくれたな〜。まあ今日は顔合わせやからね。いきなり自宅に押しかけられても困るやろ?」
豪快に笑うサタン。
その笑みは人懐っこいようでいて、同時に鋭い牙を隠しているようでもあった。
そしてサタンはりりに視線を向け、少しばつが悪そうに頭をかく。
「りりちゃん、この前はごめんな。おっちゃん、デリカシーのない真似してしもうたわ。」
「……もう、その話しないで。」
りりの声には小さな棘が混じる。
「まったく。あんた、そういうところ相変わらずね。」
レヴィが呆れ顔で茶々を入れた。
サタンは気まずそうに笑い、今度は一人へと目を向ける。
「で、あんたが一人君やな。今日の主役は君なんやわ。一回、ぜひ会ってみたくてな〜。前からちょくちょくチェックはしてたんよ。」
「はい。はじめまして、家成一人といいます。よろしくお願いします。」
一人は姿勢を正し、丁寧に頭を下げる。
その様子に、サタンとセラフィーナは顔を見合わせた。
――(なんか……普通ね)とでも言いたげに。
場の空気に混ざりながらも、スーツ姿のドラコは真剣な眼差しで一人を観察していた。
そのすぐ隣には制服姿の亜紀。
さらに、その横には赤髪で大柄な女性・アウレリアが、フォーマルなパンツスーツ姿で腕を組んで座っている。
そして最後に――黒い詰め襟ワンピースを着こなした、同じく赤髪の魔女・イゾルデが静かに佇んでいた。
レヴィと永遠、澪、りり――愛川家の守り手たちも、そのまま円卓へ座った。
制服やフォーマルが混じった奇妙な集まりが、まるで商談でも結婚式の打ち合わせでもない、もっと危うい会議を始めようとしている。
サタンがグラスを軽く掲げ、ぽん、と指先でテーブルを弾いた。
「さっきも言うたとおり、顔合わせやし、やる相手をなんとなく決めてもらってええで。フィーリングカップルちゅうやつやな。」
賛成の合図もなく、ウェイターがそれぞれに飲み物を差し出す。緊張を和らげる“儀礼”――だがここでは単なる社交では済まない。
サタンは笑いながら自己紹介を始める。
「まあ、殺し合う同士、乾杯とかするとやりにくいやろうし、このままいただくとしようかね。
一応、紹介しとくわ。わしの横にいるのが、今回の立会人の一人 聖女セラフィーナや。
そこから、今回のリーダーのドラコ。んで、アグラット、アウレリア、イゾルデや。これ以上の個人情報は簡便な。手のうちさらすのは、ちょっとな。」
セラフィーナは笑顔を作るが、その眼は冷たい計算機のようにひんやりしている。
ドラコはそっと一人を見遣り、アウレリアは腕を組んだまま一瞥して唇を薄く結ぶ。
イゾルデは静かに喫煙を吸い込み、煙を吐き出すように視線を泳がせる。
サタンはさらに続けた。
「そちらは、もういいで。こっちはもう知ってるからな。」
レヴィが口元で小さく笑い、釘を刺すように言った。
「で、いつ来るの?」
サタンは腕を組み、のんびりとした関西調の間合いで答える。
「まあ、今度の土曜日 夜8時どうよ。場所は、そっちの高校周辺に、別空間展開しとくから。まあ人が住んでない街を再現しとくわ。もっと殺風景な感じがええか?」
レヴィが眉を寄せる。冷静に、具体的に戦術を詰めたい顔だ。
「任せるわ。で、一人くんは、どうしたらいいの?」
サタンは少し真面目な顔つきになる――と見せかけて、すぐに軽く笑う。
「討伐隊の勝利条件は、一人君の捕獲か殺害やからね。ただそれだけ。レヴィちゃんたちの勝利条件は、一人君を守りきり、討伐隊を撃退か全滅させること……」
その言葉に、テーブルの空気が一瞬固くなる。誰もがゲームのルールを、勝敗の重みを理解している。
「異空間の高校の教室で待っててくれたらいいわ。遠くに逃亡されても困るし。そうなると組織で追わないかんことになるしな。」
永遠が刃のように短く口を開く。
「一人、私に任せなよ。ずっと横についててあげる。」
りりはぴょこんと胸を張って割り込む。
「いや、りりでしょ。もしなにかあっても守ってあげるからね。」
澪は淡々と自分の能力を示すように言う。
「このメンバーなら、私が適任だ。回復から攻撃までオールラウンドに展開できるしな。」
三者三様、眼差しが一人へ向く。牽制の香りと、この瞬間だけ見せる“嫁バトル”の緊迫感。居並ぶ女性たちの迫力に、一人は思わず笑ってしまいそうになるが、それをぐっと飲み込む。
サタンは横でそのやり取りを楽しげに眺めた後、ふとレヴィへ問いかける。
「あんたんとこは、チームまとめるのが大変そうやな?」
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