第52話 クロスロード
――獅堂医院の騒動から一時間後。
夕暮れの公園。まだ少しひんやりとした風が吹き抜ける中、ベンチには二人の姿が並んでいた。
一人が肩を落としながらも、ぽつりと呟く。
「そうなんだ……前世で、亜紀ちゃん。僕の奥さんだったんだ。」
隣に座る亜紀は、すぐに否定するように顔をしかめる。
「違うわよ。サマエルの妻だから……あんたじゃない。今も“サマエル”の妻なの。」
棘のある声色だったが、その奥にあるのはどこか揺らいだ感情だった。
「でもさ……あんた、さっきみたいな事。
永遠や澪、りりにもされて、何とも思わないの?他にもけっこうハードなことされてるじゃない。
少しは男らしくビシッとしなさいよ。仮にもサマエルの一部なんだよ。ビシッとね。」
説教じみた亜紀の言葉。
しかし一人は、屈託のない笑みを浮かべて肩をすくめた。
「まあ、仕方ないかな。」
その瞬間――
頭の奥に、サマエルの記憶がリンクする。
――『まあ、しょうがねえな。ハハッ』――
亜紀の胸に、懐かしい声が響いた。
(そういえば、私たちもサマエルを振り回して……そのたびに、サマエル、この言葉言ってたっけ……)
「なにそれっ……バカじゃないの。」思わず顔を逸らし、頬を赤らめる亜紀。
だが一人は、まっすぐな瞳で彼女を見つめた。
「いいね。なんか、やっと素の亜紀ちゃんと話せた気がする。今の、亜紀ちゃん素敵だよね。」
「えっ……うっ……やめてよ。ふふっ……」
彼女は誤魔化すように笑った。
(なんだろう……こいつ、いいやつじゃん。そういえば、サマエルも他の嫁に振り回されても、こんな感じだったわ……)
気まずさを吹き飛ばすように、亜紀はぱっと立ち上がる。
「一人さ〜、私にお礼したいでしょ!いいわ、させてあげる。
じゃあさ、今からデートしようよ。」
「うん、いいね。胃腸が良くなったらお腹減ったよ。なにか食べに行かない?」
「はぁ? あんたのせいでお昼食べ損ねたんだよ。おなかペコペコ。
もちろん一人のおごりだから!」
「じゃあさ、この近くの喫茶店に“超デカ盛りパフェ”があるんだ。
バケツに入ってる“悪魔パフェ”。チャレンジしてみない? たぶん7000カロリーは軽く超えるやつ。」
「わたし、モノホンの悪魔だよ? それくらいチョロいチョロい。
あんたの分も食べてあげる。ふふっ……」
(こっちに来てから、初めての共同作業だよね……サマエル)
だが――その“悪魔パフェ”こそ、カップルを地獄に叩き落としてきた名物メニューだった。
運ばれてきた瞬間、二人の顔色が変わる。
アイスが十個はある。見えない部分にはワッフルが十枚。
さらに板チョコが墓標のように何枚も突き刺さっていた。
「こ、これほんとに食べるの!?」
「これを食べた二人は結ばれるんです。頑張ってくださいね。」
と店主は不気味に笑い残して去っていく。
(ああ……やってやるよ。うん……)
二人はスプーンを構え、黙々と挑む。
―― 一時間後。
苦難の末、ついに完食。
もう、しばらく甘いものは見たくない……そう本気で思うほどだった。
「なんとか食べ切れたよ!やった、やった!」
「うん……やったわね、私たち。」
二人は笑い合い、ハイタッチ。
その瞬間を、偶然通りかかったカップル向けサービスの店員がパシャリと記念撮影した。
――その写真は、まるで恋人同士のツーショットのように眩しく写っていた。
こうして翌日、一人は見事に休校する羽目になった。
原因はもちろん――“食べ過ぎ”で。
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