第49話 彼の面影
放課後の映画研究会部室は、いつの間にか戦場になっていた。
「あんたたち!!いい加減にしなさいよ!!」
部室の入口から飛び込んできたのは、制服に赤いヘアバンドを揺らす転校生・馬原亜紀だった。
その声は怒気を孕み、目は鋭く光っている。
目線の先には、永遠、澪、りり
りりはいつもの無邪気な笑顔で肩をすくめた。
「だってさ〜みんなずるいよ〜 だから、りりもねっ」
亜紀は額に手を当て、呆れを隠せない。
「それで、一人を自分の教室に呼び出して、いっしょに給食食べたの!?」
「うん。教室みんなの認識を変えてね。一緒にカレー食べたんだ。
高校生の彼氏がいるって自慢しちゃたらさ〜
恋愛マスターとか呼ばれて、記憶消すのが惜しくなっちゃった。」りりは悪びれる様子もない
「いや、一人が、ベンチから急に消えて、びっくりしたわ。
あれ、高校の教室にいたらどうするつもり?」亜紀の声は震えていた。
「うん なんとかなる」とりり。軽さが余計に血圧を上げる。
亜紀の視線は冷たく、しかしどこか切ない。
「うーん……まあ、お前はいいよ。でも、吸血鬼。なんてことしてくれたんだ!!もうお弁当つくれねえじゃねぇか!!」
永遠は肩をすくめて、淡々と答える。
「えっ 私もお弁当作って、『あーん』って、食べさせただけじゃん。」
──空気が、止まる。亜紀の口元の血の気が失せる。
言葉の隙間から、小さな怒りが零れ落ちた。
澪は冷ややかに観察する。
「あ〜 …やっちゃったね。……………」
「うん。もうわかっちゃた。」りりが相槌を打つ。
亜紀はふう、と息を吐いた。
目を細めてデスクの上にある残骸を見つめるように言う。
「あれ、お弁当なの? 産業廃棄物でしょ どうしたらさ、あれ作れるのか聞ききたいわ。
なんか煙みたいなの出てたし…あんた、味覚とかないでしょ」
永遠は平然と返す。
「うん ないよ。吸血鬼だから」
「じゃあさ 作るのやめとこ、とか思わない普通。何入れたの?」
亜紀の目は真剣だ。完全に“作法無視”の好奇心が炸裂している。
永遠は胸を張るように答える。
「うん。 みんなと同じ土俵で勝負したら負けるかなって思って、魔界の食材!!キマイラとかアラクネかな?キマイラ いろんなお肉が混ざってて、イケるって!!漫画でも調理して食べてるじゃん。」
その言葉に、亜紀は半分呆れ、半分震えた声で言う。
「それで、サマエル、泡吹いて倒れたんだ… まだ保健室で寝てるよ…」
その瞬間、澪の瞳に鋭い光が宿る。
彼女の脳裏には、もっと深い問いと答えが渦巻いていた。
「でさ、あんた一体何者なの?」澪は問い詰めるように言う。
亜紀の説明は、どこか誇らしげだった。
胸を張り、右手を胸に、左手でスカートの裾を持ち、きちんと礼をしてから名乗る。
「私の名前は、アグラット・バット・マハラト
サキュバス 『魔女の女王』にして
サマエルの妻」とドヤ顔。
「いい、私は゛今も゛の嫁なの!!
あなた達゛自称 嫁゛と違うの!!身の程を知りなさい!!」
その自己紹介は派手で、どこか滑稽でもある。
だが、その背後には鋭利な本気が滲んでいた。
りりは冷めた視線で一言。
「そう言っても、前世だよね。」
永遠と澪も、同意するように短く返す。
「だよね」 「そうだ 昔の話 だ。」
その瞬間、亜紀の顔は少しこわばる。
「魂に所有紋を刻んで、来世も縛ろうとするあなた達がそれ言う?」
亜紀は呆れ混じりに抗議する。
永遠は肩をすくめ、低く笑った。
「それはそれ これはこれ!!」謎の開き直り理論をぶつける。
澪は静かに言う。
「そうよ、一回死んでるからチャラよ。」
りりはあっけらかんとした表情で補足する。
「まあ、別にどっちでも関係ないよ。私、契約してるし」
亜紀は拳を固める。
「とにかく、もう、うちの夫にちょっかいかけないでよ」と言い放った。
そこへ永遠が、鋭く突いた。
「でもさ、あんたが好きなのはサマエルで一人じゃないよね。」
亜紀はその言葉に僅かに動揺する。
「そうね。まあ一人も悪くないよ。サマエルの一部だから愛せる」と亜紀は言う。
だが言葉は自分で掴みきれず、風に流れていく。
澪は目を細め、真っ直ぐに言った。
「それは、なんか違う気がする」
りりが同意する。
「うん」
澪の声は、部室の空気を震わせるほどに真剣だった。
「私はさ、一人の優しさが好きなんだ。気遣いとか」
「だよね」とりりが頷く。
「うん それと包容力かな。けっこう無茶しても、なんだかんだで笑ってるじゃない。あの顔が好きなんだよ。普通は人外とか受け入れないのにさ。彼はね。ありのままの私を受け入れてくれるんだ。」と永遠
りりも静かに続ける。
「お兄ちゃんさ〜 何してもさ〜 『もう やめてよ〜』とか言いながら、結局、笑って済ますじゃない。でもさ、肝心なとこは、真正面から受け止めて、逃げないんだよ。」
「だね。」永遠が頷く。澪も、うなずいた。
「うんっ」
澪は亜紀を見据えた。言葉は冷たいが、核心を突いていた。
「亜紀、あんたはね。彼の中のサマエルを愛しているだけ。今はない彼の幻影を追ってるだけ。一人のこと 何もわかってない。゛今の彼゛を見てないんだ」
その一言は、亜紀の胸に氷水を浴びせたように冷たかった。行き場のない誇りがじわりと溶け、彼女は息を詰める。
「ふん もういい あんた達とは、これ以上話しても無駄ね」──亜紀は言い捨てると、背を向けて部室を出て行った。
廊下に出た亜紀は、小さな声でつぶやいた。
「サマエル 私にはあんただけなんだ。あんたさえいればいいんだ」
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