第46話 お弁当と甘くない卵焼き
――翌日、昼休み。
校舎裏のベンチに腰を下ろすと、隣の亜紀がぱっと笑顔を咲かせた。
「今日も作ってきましたよ〜! じゃじゃーん♪」
ぱかりと弁当箱の蓋が開く。
俵おにぎりに、こんがり焼き色のハンバーグ。ふっくら卵焼き、えのきベーコン、シャキッとしたレタスに、ほうれん草の胡麻和え。
どれも丁寧に仕込まれていて、冷凍食品の影もない。
料理を滅多にしない一人にだって、その手間は十分に伝わる。
「うわっ、美味しそう。ありがとう」
素直に礼を言う一人。
亜紀は頬を赤らめ、もじもじしながら、ちらっと一人を見上げる。
「そのね……あ、あの……」
ひと呼吸置いて、決心したように――
「あーん、してあげようか?」
その破壊力たるや。
顔を赤らめて上目遣いの女子高生にそんなこと言われたら、普通の男子なら即死だ。
「そうか、すまないな。じゃあ食べさせてくれ」
……ただし、その声は横から聞こえてきた。
一人の隣に座っていた澪が、平然とした顔で箸を差し出している。
「えぇぇぇ!? あ、あなたっ! なんなんですか!? ねえ、一人君、この人は!」
ジト目で澪を睨みつける亜紀。
一人は気まずそうに肩をすくめる。
「……いや、今さらだぞ。昨日、あんなメッセージ送っといて」
「うぐっ……」
澪は涼しい顔で、一人に自分の弁当を差し出す。
「それより一人、これ食べてみろ。自信作なんだ」
マスタードチキンを箸でつまみ、強引に一人の口へイン。
さらにそのまま同じ箸を使って自分の弁当を食べる、という謎の距離感アピールを繰り出す。
澪の弁当は三角おにぎり、マスタードチキン、卵焼き、きんぴらごぼう、オクラ、プチトマト。
見た目は素朴だが、味は確か。
一人の前には、どんと二つのお弁当。
しかもどちらも通常の一・五倍サイズ。つまり、合計三人前。
(……おい、俺一人に対してなんで弁当が二倍速で増えていくんだ?)
困惑する一人の視線の前で、亜紀と澪は火花を散らす。
――校舎裏のベンチ。
一人の前に並ぶのは、二つのお弁当。どちらも通常の1.5倍サイズ、しかも中身は手間暇かけられた力作だ。
額に青筋を浮かべた亜紀が、必死の笑顔を作りながら言う。
「これ、どうかな? 朝作ったんだ〜」
そう言ってハンバーグを箸に挟み、一人の口へと差し出す。
「お、おお……」
口に放り込まれたハンバーグを咀嚼する一人。その視線の前で、亜紀はほんの少し頬を染め、同じ箸で自分のお弁当を口に運ぶ。
「ふふ……関節キスだよね」
小声で呟くその顔は、可愛さとあざとさが見事に同居していた。
だが、隣に座る澪は動じない。眉ひとつ動かさず、澄ました声で言い放った。
「卵焼き、食べてみてよ。お義母さんに習ったんだ。甘くないのが家成の味なんだろ」
――ズドン。心臓に直撃するような言葉とともに、一人の口へ滑り込む卵焼き。
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
亜紀は拳を握りしめた。
表情はニコニコ笑顔を保っているが、目元と頬が引きつっている。
「じゃ、じゃあ……私の卵焼きも食べてみてくれるかな?」
モジモジと身を縮め、手で箸を支えながら、一人の口に差し出す。
「ど、どうかな?」
恐怖で舌が麻痺した一人は、乾いた声で答えるしかなかった。
「ドッチモオイシイヨ〜」
その瞬間、亜紀は俯いて口角を上げる。
(仕掛けるのはここから……。ここで意地悪になれば嫌われる。なら――心を揺さぶる!)
肩を震わせ、涙声を作る。
「う、うぐっ……ごめんね。私、知らないから……甘めに作っちゃって。こんな雰囲気で食べても美味しくないよね……ごめん……そのお弁当、捨てて……」
そう言い残し、ベンチを飛び出すように走り去った。
「亜紀ちゃん!」
立ち上がろうとする一人の腕を、澪が鋭く掴んで止める。
「追いかけるんじゃないぞ!! ここにいろ」
「えっ、でも!」
「だめだ。それはあいつの手口なんだ。このままお前に“可哀想なことをした”って負い目を植えつける作戦だ」
澪は淡々と分析しつつ、一人の前のお弁当を手に取った。
「まあ、せっかくだし……亜紀のお弁当、二人で食べようじゃないか」
ハンバーグを頬張りながら、澪は感心したように微笑む。
「美味いな……どれも。正直、普通にお弁当対決したら負けてた気がする」
心の中で澪はつぶやいた。
(……ママ、ありがとう。アドバイスなかったら完敗だったよ。
あの子、恋愛においては過去最強かもしれない)
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