第44話 オールドルーキー
祓川高校二年B組、朝のホームルーム。
まだ眠気が残る空気の中、担任の声が響いた。
「えー、本日からこのクラスに新しい仲間が加わります」
そう言って、教師の横に立ったのは――
160センチほどのスレンダーな体に、プラチナブロンドのミドルヘア。
赤いヘアバンドがきらりと光り、清楚さを際立たせている。
ふわりとした笑顔は守ってあげたくなる可憐さそのもの。
だが何より目を引くのは……豊満なEカップ。
制服のシャツがそのラインを強調し、男子の目が一斉に吸い寄せられた。
「今日から、みなさんと一緒に学ぶことになりました。馬原 亜紀さんです」
ぱちぱちと拍手が起こる。
ところが、次の瞬間――。
「はじめまして、馬原亜紀と申します。このクラスの……家成一人さんとお付き合いしてます。よろしくお願いします」
――バァァァァンッッッ!
まるで爆弾が落ちたかのように、教室が揺れた。
「ええええええええっ!?」
「なんで!? なんでアイツなんだよ!!」
「信じらんない! はぁ!? 一人くんってあの一人!? あの平凡男子!?」
男子の怨嗟と女子の悲鳴が入り乱れ、地獄絵図のような騒ぎに。
その中で――ギギギギ……と首が回る音が“聞こえた気がした”。
視線のレーザービームに撃ち抜かれるように、一人は背筋を凍らせる。
「……」
永遠である。
机を軋ませ、顔は般若のよう。
目は「てめぇ、またやったな。やっちまったなぁァァ!」と無言で語っていた。
「えっ!? な、何? 初めて会うんだけど!? ほんとだってば!」
一人は必死に独り言で弁解するが、誰にも届かない。
「じゃあ、偶然だけど席は家成くんの隣で」
教師の何気ない一言で、さらに燃料が投下された。
「はいっ」
亜紀はにっこりと微笑み、軽やかに一人の隣へ腰掛ける。
「久しぶりだね。やっと会えたね。これからずっと一緒だよ。ふふ」
そう言って、一人の隣にちょこんと座る亜紀。
その笑顔は、清楚で可憐で――まるで王道ヒロインそのもの。
が。
永遠の視線は、もはやレーザービームを通り越して、肉体に風穴を空けそうな勢いだった。
(一人:こわいこわいこわいこわい……逃げたい、逃げたい、絶対これ殺されるやつ……!!)
汗が背筋を伝う。
隣の亜紀は何食わぬ顔で、にっこりと永遠に微笑む。
その仕草は「家成一人の優先権は、わ・た・し♡」とでも言いたげだ。
対する永遠も、ぎこちない――いや、もはや顔面痙攣レベルの笑顔を浮かべて応戦する。
「……」
笑ってはいる。が、口角の裏で確実に怒気が煮えたぎっている。
「私さあ、教科書持ってないんだ。見せてね」
そう言って机を寄せ、さらに何かとボディタッチを仕掛けてくる亜紀。
(あ゛? ちょっと待てコラ。お前、なんでそんな幸せそうな顔して鼻の下伸ばしてんだ、一人……。後でシメる。絶対シメる。裏に呼び出してボコる。)
永遠の心の声が、まるでスピーカーで漏れてくるかのように響く。
一人の寿命、縮んだ。
――そしてお昼休み。
「あ、あのさ……」
亜紀は恥ずかしそうに俯きながら、一人の袖をちょんと引く。
「私、一人にお弁当作ってきたんだ。でね、迷惑じゃなかったら……食べてほしいな。だめ……かな?」
上目遣い。
赤らんだ頬。
小声。
――この世の男子が弱い三大要素を、フルコースでぶち込んできた。
「あっ……ありがとう。いただ、き……ます……」
言いながら一人は半ば気絶。
「やったー!」
亜紀の顔がパッと明るくなる。
その瞬間、クラスの男子達の心の声が一斉に轟いた。
(((なんでお前なんだ家成ィィィィ!!!)))
「じゃあさ、二人で食べようよ」
校舎裏のベンチに座り、亜紀は弁当箱を開く。
「じゃーん。早起きして作ってみました」
俵むすびのおにぎり、唐揚げ、卵焼き、きんぴらごぼう、プチトマト、ブロッコリー。
彩りも栄養バランスも完璧。まさに男子高校生の理想弁当。
「母さん以外の誰かにお弁当作ってもらうのって、初めてなんだ」
「えっ……ほんとに? うれしいな」
一人が唐揚げを口に運ぶ。
サクッ、じゅわっ――。
「……おいしい!!」
と、顔がぱぁっとほころぶ。
「あのさ、もし一人さえよかったら……明日も作ってきたいな」
モジモジと俯きながら小声で言う亜紀。
「えっ……うん」
「迷惑……かな……?」
「そんなことないよ!」
「じゃあ、また明日もね♡」
亜紀の顔が花のように明るくなる。
一人は完全にノックアウト。
――だが。
その一部始終を、物陰から見ていた者がいた。
「……あいつ」
永遠である。
ギリギリギリ……と歯ぎしりの音が聞こえそうなほど、拳を握り締めている。
「私というものがありながら……」
校舎裏の風景は――お弁当の甘い香りと、永遠の殺気で満たされていた。
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