閑話休題 スナック「魔女の大鍋」(後編)
「ママ、ただの魔女じゃないんだぞ。昔は“知恵のアラディア”って呼ばれて、王国一の大魔道士だったんだ」
と澪が説明する。
「あらあら、昔の話よ〜。モテてモテて困ったわ〜。がはははは!」
そう言って、ママはカウンター下から一枚の白黒写真を取り出す。
そこに写っていたのは――女神と見紛うほどの絶世の美女。
「……………………信じられん…………」
思わず写真とママを何度も見比べる一人。
(……魔女の寿命って長いって聞いたけど……いったい何があったんだ)
澪と一人は並んでカウンターに腰掛け、ママの豪快なトークに耳を傾けていた。
ほの暗い照明と、微妙に古い昭和歌謡が流れる店内。常連の笑い声が飛び交い、どこか居心地のいい空気が広がっていた。
しかし、その背後に唐突な“気配”。
次の瞬間、澪と一人の間にぬっと顔が差し込まれ、二人の肩をがしっと掴む。
「いひ…いひゃ感じで見せつけてくれりゃがなえきゃ〜…
ううんっ…ひゅとの気もしゅらないでぇ……」
酒臭い。というか、甘ったるいカクテルがそのまま息になったような匂いが鼻を直撃。
振り返ると、真っ赤な顔のイゾルデが、ふらふらの体でしがみついていた。
「だいひゃいよぉ〜……でゃれのせいで今日こうなったんだとおもってんだ〜!
おまえらのせいだかんなぁ〜!! なんで、なんでなんだよ〜……うぐっ、うぐっ……!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔。完全に酔いどれモードだ。
「ミョルガデュアはいいよな〜……ちょししたきゃれしとぉ〜…
きょの後は、ラブラブでラブホとか行くんだろぉ!! 行くんだろぉ!!」
カウンター中に響き渡る叫びに、澪の眉がぴくりと吊り上がる。
そしてニッと笑みを作り、挑発的に言い放った。
「ああ、行くね。朝までしっぽり楽しむよ。独り身のイゾルデには悪いけどね!」
「うぉおおぉぉおおおおん!!!」
イゾルデの泣き声はカラオケより響いていた。
「まあまあまあ! 二人とも仲良くしなさいよぉ〜」とママが割って入り、
「でもさぁママぁ〜! わちゃし、こいつらのしぇいでぇぇ……うわーん!!」
とイゾルデは再びテーブルに突っ伏す。
ママは慣れた手つきでグラスを差し出し、薄い琥珀色の液体を注いだ。
「はい、イゾちゃん、水割りよ〜」
(中身は烏龍茶だった)
すっかり場が白け、澪が肩をすくめる。
「……なんか白けちゃったわね。帰ろうか?」
その時、ママが一人を覗き込み、にやりと笑う。
「ごめんなさいね。お詫びに彼氏くん、なんか占ってあげるわ」
「うそっ!? ほんとに? 良かったな!」と澪が即反応。
「ママの占いは百発百中。“知恵のアラディア”の異名を持つ魔女の占いだぞ」
「えっ……なんか、ハードル上がったんですけど」
ママは一人の手のひらを取り、じっと見つめた。
「うん……じゃあ、そこに立って」
カウンター横に魔法陣が浮かび上がる。お祓い棒のような杖を持ったママがぐるぐる回り、呪文を唱える。
赤く光る魔法陣が大きくなり――そして、パチンと弾けて消えた。
一人はこっそり澪に耳打ちする。
「えっ……占いってタロットとか水晶じゃないの? 今の、ただの手相じゃないの?」
「ママはそんじょそこらの占い師じゃないんだ。東洋占星術も極めてるんだぞ」
(なんか納得いかない……)
ママはにっこり笑い、宣言する。
「出たわよ。――取りあえず“女難の相”が出てるわ」
(はい、知ってます。それだいぶ前からそうです……)
さらにママは、澪の耳元にだけ囁いた。
「澪ちゃん……彼に新しい女が出てくるわ。今までで一番の強敵よ」
澪の顔がギギギギ……と音を立てるかのように硬直し、一人にぎろりと視線を向けた。
「……お前、またなんかするのか? 新しい女作るのか?」
「ちょ、ちょっと待って!? まだ何もしてないから!」
ママはさらに小声で続ける。
「いい? 次に出てくるのは“前の女”。たぶん――元嫁ね」
「はああああ!? あいつ前世で何やらかしたんだ!」
澪の声が裏返る。
「もし来たら、また私のところにいらっしゃい。女として対抗策を授けるわ」
「ママありがとう! ……でも、できれば対抗策は“占い”で欲しい」
「いいわ。感情的になると相手の思うツボだからね。忘れないで。――相手は最強の恋愛強者よ」
最後にママはにこやかに、店の入口まで二人を見送った。
「また彼氏と一緒にいらっしゃい」
「ママありがとう、また来るよ」
と店を出る澪と一人。
ネオン街を歩きながら、澪がぽつりと呟いた。
「……まあ、たまにはね。いろいろムカついたことあったし、イゾに嘘つくわけにもいかないし」
そのまま、二人は夜の街に消えていった。
向かう先は――帰り道にある、ラブホテル街。
「……あっ、一人。私ちょっと飲みすぎちゃったみたい…
どこかで休んで帰らないと…」
にやり、と澪の口元が上がる。
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