閑話休題 スナック「魔女の大鍋」(前編)
土曜の夜、澪のマンション。
夕食の最中にふいに澪が切り込んできた。
「そういえばさ……先週、永遠と飲みに行ったんだって?」
声のトーンが妙に低い。
「なんかあいつ、やけに嬉しそうに写真見せつけてきたぞ? あれ、どこ行ったの?」
一人は慌てて目を逸らし、箸を持ったままごにょごにょと口ごもる。
「え、えっと……なんか、人外の飲み屋で……そのまま……」
澪は一瞬ポカンとしたあと、目を見開いた。
「……風俗店だぞ、それ!!」
「えっ!? ま、まじで!?」
「私、行ったことないけどな! でも間違いなくそうだ! ……うん、じゃあ仕方ない。私たちも行くか」
「どこに?」
「“魔女の店”に」
澪に案内され、住宅街の路地を抜けていく。
「え、なんか行き止まりなんだけど……」
「この先だよ」
そう言って、壁を無視して突っ込んでいく澪。
「ちょ、ちょっと!? ああああっ!?」
一人も強制的に巻き込まれ、壁をすり抜ける。
その先に――ジジジッと音を立てる小さなネオンが灯っていた。
「魔女の大鍋」と書かれた看板。
横には別棟らしき建物が併設され、入り口は分かれている。
「……本当にあった。怖っ」
「ほら、行くよ」
チリンと鈴が鳴り、ドアを開けると――
「いらっしゃい〜」
カウンターの向こうに立っていたのは、まるで“荒れ地の魔女”と見間違うほどの巨漢の女性だった。
一人は思わず口をついて出る。
「……うん、魔女の店だね。うん」
するとママがパッと顔をほころばせた。
「いやん、いきなり私のこと美魔女とか! 正直者ね〜」
「おい! お前のストライクゾーン広すぎだろ!!」澪が即座にツッコむ。
「澪ちゃん、久しぶりじゃない! 元気にしてた?」
「うん、まあね。ところでママ、この人……私の彼氏」
「えっ!? 彼氏!? しかも高校生!?」
ママは目を輝かせて一人をじろり。
「あら〜年下なの! いいわね〜。私が食べちゃいたい♡」
(ほんとに食材として煮込まれそう……)
店の奥では、赤髪の女性がカウンターに突っ伏していた。
「あっ、イゾルデ。久しぶり。元気してた?」
「……あゝ、モルガディア。ひさ……げっ、男連れ!? ふーん、彼氏とね」
と、気まずそうにグラスを傾ける。
二人はカウンターに腰掛ける。
「ママ、私は水割り濃いめで。彼は……烏龍で」
「はいよ〜。年下彼氏、かわいいじゃないの」
カウンターには所狭しと並んだボトル。
「これ、まだ期間内よね。澪ちゃんのボトル」
ママが手際よく注ぎ、水割りと烏龍茶を出してきた。
「じゃ、乾杯」
「か、乾杯……」
一人は周囲を見回す。
「なんか……普通のお店なんだね。スナックって初めて来たけど」
「いや、スナックに何求めてんだよ! 大声で騒ぐとこじゃない。ここは大人の社交場なんだ。ルールはママ。ママが絶対」
ママはニコニコと客の相手をしつつ、世間話から政治、下ネタまで軽快に飛ばしてくる。
「このママ、ただの魔女じゃないんだぞ。昔は“知恵のアラディア”って呼ばれて、王国一の大魔道士だったんだ」
と澪が説明する。
「あらあら、昔の話よ〜。モテてモテて困ったわ〜。がはははは!」
そう言って、ママはカウンター下から一枚の白黒写真を取り出す。
そこに写っていたのは――女神と見紛うほどの絶世の美女。
「……………………信じられん…………」
思わず写真とママを何度も見比べる一人。
(……魔女の寿命って長いって聞いたけど……いったい何があったんだ)
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