第42話 スーサイド・スクワッド ― 地下収容所にて
――悪魔城の地下、さらにその最下層。
人類が足を踏み入れるなどあり得ないとされる禁断の空間に、ヒールの音を響かせながら現れたのは聖女セラだった。
「……あんた、本当にここまで来たんか」
悪魔王サタンが、信じられないものを見たという顔でセラを睨む。
「人類で、ここ来たんはあんたが初めてや。豪気なやっちゃな〜。ほんま、人類にしとくのが惜しいで。なあ、こっちに来んか? 今、七大悪魔の席が一つ空いとるんやけど。まじで君、向いてるで」
勧誘。悪魔王直々の。
だがセラは涼やかに微笑んで首を振った。
「すみません、私は神に仕えておりますので。それは、ちょっと」
「惜しいなあ」
サタンは頭をかきながら笑うが、その視線はすぐに別のものに移った。
そこにあったのは――分厚い石板。
氷のように冷え、黒光りするカーボナイトで封じられた、一人の清楚な女性の姿。
「で、これが例の……?」
「そうや」サタンは肩をすくめる。
「神魔大戦の生き残り。サマエルの元・妻にして悪魔、アグラット・バット・マハラトや。ほんまに起こすんかいな? 制御できるんか?」
その問いに、セラはまたもや微笑んだ。
「それは“神のみぞ知る”ですわ。でも、女同士、話させてください」
そのやり取りに横から割って入ったのは、メガネをかけた秘書悪魔だった。
「悪魔王様、本当に復活させるんですか? これはリスクが――」
「わかっとる。けどな、他に対抗できる奴がおらんのや。まあ、セラがそう言うなら任せてみようや。こいつ、ほんまに“できる女”やし」
「なお、お世辞を言われても何も出ませんよ。ふふっ」
セラは涼しい声で返し、すでに指揮を取る立場にあるように周囲へ指示を飛ばす。
石板に無数のパイプが繋がれ、魔法陣が組み上げられる。
「ゴゴゴゴゴ……!」
轟音と共に光が走り、カーボナイトが溶け落ちる。
現れたのは――信じられないほど清楚で美しい女性。
だがその瞳には凄絶な憎悪が宿っていた。
直後、魔法陣から飛び出した五本の鎖が、彼女の四肢と首を縛り、さらに一本は口を塞ぐ。
「ふっ、ふっ……ううううう!」
アグラットは唸り声を上げ、もがき狂う。鎖が軋み、今にも千切れそうだ。
「電流、流します」
秘書悪魔が杖を振ると、魔法陣に雷光が走った。
「ぐっ……ぐぐぐぐぐ!!」
アグラットは悶絶し、それでもサタンと、その横に立つセラを睨みつける。
やがて――動きが止まる。
「落ち着いた?」
セラが前へ進み出る。
だが近寄ろうとすると、再び暴れ出した。
セラは冷たい声で告げる。
「いい? 今から口の鎖を外すけれど、攻撃しないで。もししたら、あなたを殺さなきゃいけなくなるわ。いい? わかったら――うなずきなさい」
沈黙の後、アグラットは小さくうなずいた。
そして口の鎖が外される。
「てめぇぇぇぇっっ!! よくも……よくもこんな目に合わせてくれたな、サタン!! ぶっ殺してやるぞ、このクソ野郎!!」
怒号が響く。
サタンは肩をすくめ、ちらりとセラを見る。
「……ほらな」
セラは優雅に微笑み、裾を持ち上げて一礼した。
「はじめまして。私はセラフィーナと申します。あなたに――お願いがあるのです」
「バカかてめぇ! 人間風情が! 協力するわけねぇだろ! この鎖、今すぐ解け!! 殺す!! 今すぐだ!!」
半狂乱で叫ぶアグラット。
その瞬間。
セラは声を張り上げた。
「――サマエルの居所を知っています!!」
静寂。
本当に時間が止まったかのように、アグラットの動きが止まった。
「……え?」
瞳が大きく見開かれる。
「生きてんの? あいつ……嘘だろ……! 会わせろ! 今すぐ会わせろ!!」
セラは穏やかな笑みを浮かべた。
「ええ、もちろん。会わせてあげます。取引です。――もちろん彼の身柄も、あなたに」
悪魔城にて――数時間後
重厚な石造りの回廊を進むヒールの音が、規則的に、けれど無慈悲に響いていた。
その主は、聖女セラフィーナ。
だが、その微笑の奥には慈愛ではなく、鋭利な刃物に似た冷徹さが潜んでいる。
「あと、もう一人ですね」
静かに告げる声は柔らかいが、悪魔城の空気を一段冷たくした。
「ふふ……お任せください。例の物、用意できました?」
黒鉄の玉座に腰掛ける悪魔王サタンは、しばし黙し、鋭い眼光を細めた。
あの魔界最強の存在ですら、彼女を前にしては不用意に言葉を発せぬ。
「ホンマにあれ……使うんか?」
顎に手をやり、にやりと笑う。
「任せるわ。けどなぁ……やっぱり君、七大悪魔よりよっぽど怖いで」
セラは小さく会釈した。その仕草だけ見れば、清楚で従順な聖女そのもの。
だがサタンの嘲笑を正面から受け止めてもなお、視線は一分たりとも揺るがない。
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