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第5話 もうあんたは、わたしのもの


 夜道を歩く僕の耳に、かすかに虫の声が混じっていた。


 夏も近いからだろう。


 ところどころLEDの街灯が薄暗く路地を照らしているが、光と影の境界が妙に不気味に揺らいで見えた。


  そのときだ。


 前に、人影が立っているのに気づいた。


 ――いや、人影、ではない。


 人の形をしている"なにか"。


  理由は分からない。けれど、直感が告げていた。


 ただの人間じゃない。どす黒い空気が、その場一帯を覆っている。



「……だれ?」


 声が掠れる。


 そいつは長い髪の女だった。


 異様に白い肌。病的としか言いようのない白さ。


 赤い瞳がぎらりと光り、口元からのぞく小さな牙が月明かりを反射していた。


 女が微笑む。


「やあ」


 背筋が凍る。


 次の瞬間、僕は反射的に踵を返し、逆方向へと歩き出した。


 だが――。


「ひどいじゃないか。レディを無視するなんて」


 声が耳元から聞こえた。


 振り返ったときには、すでに目の前に立っていた。


「ご、ごめんなさい。家に急いでるんです」


 必死に声を絞り出すと、女は唇をにやりと歪めた。


「そう。じゃあ……送ってあげる」



 ――次の瞬間。


  女の口が裂けた。


 顎が異様に開き、牙が何列も並んでいる。


 その顎が、僕の喉笛に襲いかかろうとした、その瞬間。


  ズブリ、と音が響いた。


  女の胸から、後ろから突き抜けた「手」が生えていた。


 貫手――鋭い突き。


「なっ……」


 女が絶叫する。


 だがすぐに、その身体は煙のように崩れ、灰となって夜風に舞った。


 呆然と立ち尽くす僕の前に、現れたのは――。


「危なかったね。映画フレンドが減るところだったよ」


 涼しい声。


 そこに立っていたのは、学年一の美少女、月永 永遠だった。


「つ、月永さん……?」


 僕の声は震えていた。


 彼女は何事もなかったように制服の袖を払うと、鞄から小さなお守りを取り出した。


「はい、これ。身につけておくと魔除けになるから」


 そう言って、僕にそれを渡す。


 その仕草は、昼間の教室で見せる彼女そのままの清楚さで――。


「じゃあ、家成くん。また明日ね」



 軽く微笑んで、背を向けて歩き去っていった。


 僕は呆然と立ち尽くし、ただ彼女の背中を見送るしかなかった。


 夢でも見ているんじゃないか?


  だがその直後――。


「やばいやばい、忘れるとこだった」


 再び、月永さんが目の前に現れた。


「えっ、ええっ!?」



「RINE交換しようよ」


 僕の心臓が跳ねる。


「えっ……」


 彼女はすでにスマホを差し出していた。


 人生初。女子とのRINE交換。


 手が震えるのを必死で隠しながら、なんとか交換を終えた。


 その夜。


 ベッドの上でスマホを握りしめ、勇気を振り絞って送った。


 ――今日はありがとう。おやすみなさい。


 すぐに既読がついた。


 そして。


 ――今日は話せて楽しかったよ。また明日ね♡


 画面に浮かぶハートマーク。



 胸が熱くなり、頭が真っ白になる。


 いやいや、勘違いするな。


 社交辞令だ。彼女に限って、そんなわけ――。


 でも。


 あの怪物はなんだった? 本当に幻覚だったのか?


  震える指で、お守りを握りしめた。



 ――その頃。



 永遠は、家成の家の上空に浮かんでいた。


 背中から大きな黒い羽を広げ、月光を浴びて妖しく輝いている。


「まあ、童貞臭いこと」


 紅い唇が艶やかに歪む。


「ふふ……楽しみ。お守り、大切にしてよね」


 真っ赤な瞳が獲物を見つめる猛禽のように光る。



「やっと退屈から抜け出せそう。ね、一人――あんた、もうあたしのものだから」


  そう囁くと、永遠の身体は小さな蝙蝠の群れに変じ、闇へと消えていった。


☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


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