閑話休題 それぞれの過ごし方
――それは日曜日の夜。
部活帰りで疲れた体を引きずりながら、僕は自分の部屋に戻った。
六畳一間のささやかな空間。いつもの光景のはず、だった。
「……あれ?」
目の前に鎮座していたのは、どう見ても六畳間に不釣り合いなクイーンサイズのベッド。
部屋の半分を食い潰す圧倒的存在感に、俺は思わず口を開けた。
「……お母さん、これって」
夕食時に母に訊ねると、彼女は首を傾げもせず答える。
「え? 最初からそれだったでしょ。あんた、大きいベッドがいいって言ったじゃない」
「僕が? 六畳だよ? ベッドのほうが主役になっちゃってるんだけど」
首をひねりつつも、課題を済ませて二十三時には就寝。
(まあでも……でかいベッドっていいよな。ちょっとリッチな気分だし)
そう思ったのも束の間。
――寝苦しい。
ベッドが、妙に狭い。いや、さっきまで余裕があったはずだ。
しかも……人の気配がする。
「……え?」
寝返りを打った瞬間、ふわりと柔らかい感触が腕に触れた。
僕は飛び起きる。
「も〜、一人ったら……Hだな〜」
甘い声。
そこにいたのは――永遠だった。
「なっ……なんで!? なんでここに!?」
「なんでって、そりゃあ。0時過ぎたら私の持ち時間じゃん。婚約者なんだから、ここにいるの当然でしょ?」
「いや、どうやって入ったんだよ!」
「玄関から。だって前に“自由に入っていい”って許可くれたじゃん?」
「えっ……もしかして、このベッドって――」
「そうそう。みんなでお金出し合って買ったの。澪とりりも出してるよ。明日は澪の番じゃない? ……あ、でももし二人に来てほしくないなら私がビシッと言ってあげる。その分、私が泊まるけど」
「いやいやいや! 僕にもプライベートが……」
「あるの?」
永遠の瞳からスッ……とハイライトが消えた。
「一人の歳の男子の“プライベート”なんて、どうせ◯◯◯◯の時間でしょ? 私がいるんだから必要ないよね。それ、浮気だから」
「こ、こわ……!」
さらに追撃。
「そうそう、一人のスマホのコレクション、もういらないでしょ?
消しといたから。
「清楚な先輩の◯◯◯でしごかれる」とかロリ系の「メスガキが僕の○◯◯をめちゃくちゃに」なんて、あんたドMなの?マジむかついたから。
……でも、私、優しいから
「僕の憧れのクラスメートがグイグイヤッてくる」みたいな、クラスメートとの官能小説とエロ漫画と動画は残しておいてあげた。
男の子だから仕方ないし、それを許すのも女の度量ってやつでしょ?」
(うわっっぁぁぁぁぁっ タイトルバラさないで………いつの間に!?お願いやめて )
「ま……もう寝よう。うん、寝よう」
僕が観念して布団に潜り込むと、永遠は満足げに笑って――
「おやすみ」
そう言って、軽く口づけを落としてきた。
(あぁああドキドキして寝られない!!)
――そして朝。
台所には当然のように永遠が立ち、母と一緒に朝食を用意していた。
「永遠さん、おはよう」
「お義母さん、おはようございます。お手伝いしますね」
食卓につくと、永遠の朝食だけは特別仕様。
テーブルの上に置かれていたのは――献血の血液パック。
「今日はABしかなかったの。ごめんね、永遠さん」
「大丈夫ですよ。今日はABの気分でしたから」
ゼリー飲料みたいに血を吸う永遠。
母はにこにこと頷き、僕は……遠い目になった。
(うん…なんか魅了を使って、母さんに認識変えたな)
こうして僕の“普通の月曜日”は、まったく普通じゃなく始まるのであった。
月曜の夜。
一人はいつものように風呂を済ませ、歯を磨き、机に積まれた課題を横目にしながら布団へ向かう。
いや、正確には――六畳間には場違いなほど巨大な、クイーンサイズのベッドへ。
「……よし、寝よう」
まだ23時。寝るには少し早いが、昨日の永遠との騒ぎで寝不足気味だ。今日こそは早く寝て体調を整えようと、ベッドに潜り込んだ。
――しかし。
24時を過ぎても眠気はやってこない。むしろ息苦しい。
「なんだか……狭いな」
クイーンサイズのはずなのに、身動きが取りにくい。違和感に目を開けた瞬間、
(……ですよね〜)
驚いて振り向くと、そこには澪。枕元に長い髪を散らし、当然のようにベッドに潜り込んでいる。
「やあ、今日はここで寝るよ」
そう言うと、彼女はにやりと笑い、一人の胸元に腕を絡めてきた。さらに足まで絡みつけてくる。
「ちょ、ちょっと待っ……!」
「うるさい。一人は今日、私の抱き枕だ」
ぎゅう、と腕の力が強まる。柔らかい感触と体温が密着し、一人は顔が赤くなる。
「いや、嫌ってわけじゃないよ。ほんとに。ただ、寝にくいというか……」
その言葉に、澪の瞳のハイライトがふっと消える。
「……は?」
「え」
「お前、昨日はどうしたんだ? 永遠と一緒に寝たんだろ?」
低い声。冷たい声。
「そ、それは……」
「永遠と出来て、私とは出来ないってことなのか? ……」
澪の声が震え、次の瞬間には目尻から涙があふれていた。
「なんで……なんで私にはそんなこと言うの……。う、うぐっ……お前、また新しい女作ったのか……」
「そ、そんなつもりじゃないよ!」
「うぐっ…どうせ…うぐっ…お前の言うプライベートなんて、うぐっ…◯◯◯◯する時間だろ! わかってるんだ!じゃあ、しろよ…うぐっ…今ここで…見ててやるよ…いつもみたいに…うぐっ…〇〇〇〇なんなら手伝ってやるよ…うぐっ…」
「ちょ、ちょっと落ち着いて――」
「うるさい!もういい! ◯◯◯出せ! 婚約者の私がスッキリさせてやる! ほら、◯◯◯出せっ!〇〇〇!」
「……いや、さすがにそういうテンションだと萎えます。もう寝るよ」
一人は両手を上げて降参の姿勢を取り、観念したように言った。
「……抱き枕でもなんでも、好きにしてください」
「ふん……」
鼻を鳴らした澪は、涙を拭いもしないまま彼にしがみつく。その体温と重さで、一人はますます眠れなくなった。
――が、それで終わらなかった。
「そういえば……」
「え?」
「お前のスマホの官能小説とエロ漫画と動画。あれ、クラスメートのやつ消しといたから
なにあれ 「憧れのクラスメートの縛られて僕の○○○は爆発寸前です」って、ドMなの」
「えっっっつ!?」
「ムカついたんだよ。なんで先輩モノがないんだ! 憧れの先輩とのアバンチュールとか妄想しないんだ!?」
「……え、そこ怒る?」
そんなやり取りをしつつも結局は抱き枕にされ、一人の目は冴えたまま朝を迎えた。
翌朝。
ベッドから降りると、澪の姿はもうない。まるで昨夜の出来事が幻だったかのように。
「……夢、じゃないよな」
階段を降りると、台所から母の声がした。
「あら、一人。今日の朝食は澪さんが作ってくれたのよ」
「えっ」
振り返ると、エプロン姿の澪が振り向いた。にこやかに、けれど当然のように。
「お義母さん、嫁なら朝食作りは当たり前ですよ〜」
「……おはよう」
(母さんの認識を魔法で操作したんだよな。多分)
「はい、一人さん。おはよう」
その言葉と笑顔が、妙に重い。
こうして三人で朝食を取り、二人で登校する火曜日の朝が始まった。
火曜日の夜、二十三時。
一人は布団へ潜り込み、軽く伸びをしてから天井を見上げた。
「明日は……りりの日か。うん、でもあいつは早寝だし、もう寝てるだろうな」
そう呟きながら目を閉じると、すぐに意識が落ちていった。
――目を覚ましたのは、真夜中。
時計の針は零時を回っていた。
「……ん?」
何かがおかしい。
いや、正確にはすべてがおかしい。
壁紙はピンク。部屋の隅にはぬいぐるみが。壁には少年と幼い少女の写真が額縁に飾られている。
「……あれ、ここは……?」
自分の部屋じゃない。間違いなく。
寝ぼけ眼のまま呟いた瞬間、隣から小さな寝返りの音。
「うーん……」
振り向けば、そこにりりがいた。
「……は!?」
心臓が跳ねる。まるで夢を見ているみたいに。
りりは目をこすりながら顔をこちらに向け、ぽつりと囁いた。
「あっ……お兄ちゃん。一人だ……。りりに会いに来てくれたんだね」
「え、えっと……うん。かな……」
返答になっていない返答しか出てこない。
けれど、そんなことを気にする様子もなく、りりはふにゃりと笑った。
「えへへ……いっしょに寝よ」
そう言って、彼女は寝ぼけたまま頬に唇を寄せる。
やわらかな感触が残り、熱が一気に広がった。
「お、おい……りり?」
「ごめん……眠いんだ……夢の中でね……」
そう呟いて、彼女はそのまま胸に顔を埋め、すぐに寝息を立て始めた。
抗うこともできず、一人もまた目を閉じる。
――夢の中で、いろんなことをした気がする。
よくは覚えていない。ただ、体が熱い。心臓がずっと高鳴っていたことだけは確かだった。
「りり、起きなさい。ほら、一人君も」
朝。優しい声に目を開けると、目の前にはレヴィさんがいた。
「えっ……あっ、す、すみません! ほんとにすみません!」
思わず頭を下げる。
けれどレヴィさんは微笑むだけだった。
「いいのよ。もう家族なんだから。朝ごはん出来てるわよ」
「ママ……一人、おはよう」
ベッドから半分顔を出したりりが、小さな声でそう言った。
その笑顔に、昨夜の夢の断片が蘇る。途端に顔が熱くなった。
食卓に並んだ朝ごはんは、レヴィさんの手料理。
焼きたてのパンの香ばしさが広がり、ベーコンエッグの湯気が立ちのぼる。
けれど、りりと一人はお互い顔を合わせるたびに赤くなり、ろくに言葉も出せないまま箸を進めていた。
「……うまいな」
「……うん……」
そんなたどたどしい返事と共に、二人の朝は始まった。
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