閑話休題 「ライトスタッフ」 〜選抜メンバー〜
某所。
「いってらっしゃ~い」
アパートの玄関から、ひらひらと手を振る緑髪の女性。
少女とすら見間違う華奢な体つきに、くるんと自然にカールした毛先。
その女性――かつて“次元の悪魔”と恐れられたリアは、すっかり「愛するお兄様」と結婚した普通の奥様をしていた。
彼女が見送ったのは、法衣姿でお寺へ出勤する夫。
一前世は「最強のインキュバス」と讃えられた存在だが、今では人間として暮らすただの旦那様。
リアの顔も自然とほころぶ。
「さてと、今日は煮込みハンバーグにしよっかな〜」
掃除と洗濯を終え、ダイニングテーブルでスマホのレシピサイトを開いていた時――
突然、宙にぼんっとホログラムのモニターが浮かび上がった。
『リアちゃ〜ん! お久しぶり! 元気しとった〜?』
画面に現れたのは、スーツ姿の中年男性……に見えなくもないが、立派な角と漆黒の肌が正体を隠しきれていない。
悪魔王サタン、その人である。
「………………」
リアは一切表情を変えず、手元のリモコンで“消音+削除”をポチッと押す。
ぱっ、と画面が消える。
しかし三秒後――
『なんで消すの!? ちょっと酷くない!? わし、なんかした!?』
再びモニターが現れ、サタンが抗議のポーズ。
リアは頬杖をつきながら、冷ややかに言い放つ。
「――したよ。小学生の初デートを監視した。最低」
「……えっ」
サタンの顔が一瞬で引きつる。
「なんで知っとるん!? いやでもアレは誤解やからね!? ホントやから!」
「レヴィから聞いた」
「レ、レヴィ!? えっ……うそん」
「今ね、“悪魔の奥様界隈”で知らないミセスいないよ?
『お宅も気をつけなさいな』って電光石火で噂が駆け巡ったの。
悪魔界のママ友ネットワーク、ナメたらダメだよ」
「うわ〜……ネガティブキャンペーン張られとる……女って、恐ろしいわぁ……」
サタンは頭を抱えるが、リアの眼光は冷たい。
「違うねん違うねん! 悪意なんか一個もないねん! 保証人やから、チェックは必要やったんやって!」
「……ほんとそういうところだよね。
例えそうだったとしても――それを“口にしちゃう”ところがダメなの」
「えぇ!? でもそこは正直に言わなあかんやん!? だってその娘の相手、サマエルやで!? あのサマエル! そらわしが間取り持ったんや。偉いやろ? 凄いやろ?」
「…………」
リアは無言でお茶を啜る。
その沈黙が、何より雄弁に「呆れている」ことを物語っていた。
「だから! そういうとこ!! “それはそれ、これはこれ”なの! なんで組織のトップなのに分からないのかな〜?」
「うーん……女心はムズいな〜。永遠にわからんかも」
ぼやきながら腕を組む悪魔王サタン。
「でな、リアちゃんに相談なんやわ」
「断る」
間髪入れずに、リアはリモコン片手で即答した。
「えっ!? まだ何も言うてないで!?」
「無理。今わたし、専業主婦で仏教徒だから、いろいろNG。旦那にバレたら離婚の危機」
「えっ……そ、そんなつれない。でもあんたんとこの“一番上”に話通してもええんよ?」
「……だからそういうとこだよ。察してよ」
リアの声が冷たくなる。
「旦那にバレたくないの! 嫁の立ち位置を手に入れるのに――七百年かかったんだよ。勘弁して」
そう言いながら、消去ボタンに親指を乗せるリア。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! じゃあ……話聞くだけ! ほんと、話だけだから!」
「……えっ、うーん……」
リアはあからさまに迷惑そうな顔でため息をついた。
「わかったよ。話“だけ”ね」
「助かるわぁ。でな、サマエルを討伐しようって、いろんな種族で盛り上がっとるんや。選抜メンバーを募っとるわけよ」
「断る」
「うん、うん。それはわかっとる。“次元の悪魔”のリアちゃんは諦めるわ。うーん……」
「で、あれでしょ。たいしたメンバー集まらないんでしょ?」
「そうやねん。でな、サマエルチームがこれや」
ホログラムの紙がリアの前に浮かび上がる。
「死の天使」サマエル
「原初の吸血鬼」アドラステイア・アンブロージア
「不死の魔女」モルガディア・ノクス
「失楽園の悪魔」リリス・セレスティア・ノクティス
「嫉妬の悪魔」レヴィアタン・セレスティア・ノクティス
「魔獣」ベヒーモス・セレスティア・ノクティス
「……ぎゃはははっはは! なにこれ! すごい! これとやるの!? 正気? オールスターじゃない」
「やろ」
「討伐チームのリーダーが“ドラコ”で――」
サタンが次の資料を出した瞬間、リアの声が氷のように冷えた。
「……うん。ドラコ以外、瞬殺だね。ギリ、このドラゴニュートの娘かな? まあ、もって三十秒かな? でも、ドラコもああ見えて口だけだからね」
「やろ」
「一番痛いのは……レヴィアタンとベヒーモスが向こうについてるところ。これ、あんたんとこの二枚看板じゃん。他の七大悪魔で対抗するしかないよ」
「そうやねん。なんで、当たってみたら『最近、腰痛が』とか『いろいろ忙しい』とか、断られるねん」
リアは深いため息をつき、椅子に背を預けた。
「そっか〜。このメンバーだけど、リリちゃんはレヴィアタンとベヒーモスの間に生まれたスーパーサラブレッドでしょ。
吸血鬼も強いので有名。
魔女の方は噂しか知らないけど、人間なのに不死化してる時点でもうおかしい。
でもサマエルって、こんな人望あるやつじゃなかったんだけどね」
「転生体のせいやと思うわ。前のサマエルは人の好き嫌い激しくて、敵も多かった。味方もいたけどな。
けど、組織的には“敵がいない”方がええやん。そこが分かっとらんかったんよ。
確かに強力な味方は数人おったけど、残りは有象無象。
それに担ぎ上げられて、今やねん。……少しは成長したんちゃうかな?」
「まぁ……もう一度、メンバー当たり直した方がいいと思うよ。
これじゃ、メジャーリーガー相手に試合する草野球のパンピーくらい差があるよ」
「誰か紹介してくれへん?」
「うーん……親戚筋で心当たりあるけど。受けてくれるかな? 退魔師なんだけど、強すぎて逆に持て余してる親戚がいるんだよね。まあ、聞いてみるよ。ただ、あんまり期待しないでね」
リアは最後にじろりとサタンを睨む。
「それとさ、旦那にバレると困るから。なるべくここに連絡しないで」
「うん……ありがとう。参考になったわ。ドラゴニュートはテコ入れ必要で、他は洗い直しやな。リアちゃんも、気が変わったら参加してや〜」
そう言い残して、モニターは霧散した。
――静寂。
リアはふぅっと息を吐き、再びスマホに視線を戻す。
「……さてと。今日の夜は何にしよっかな?」
画面には“ふわとろ煮込みハンバーグ”のレシピ。
悪魔界の未来よりも、リアにとっては旦那の夕食の方が遥かに重要だった。
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