閑話休題 フロム・ダスク・ティル・ドーン(後編)
「でもさ、こんな感じのお店とか実際あったら、行ってみたいもんだね。」
「あるよ。行く?」
「……えっ。行ったら餌にされるの?」
「それは無いな。けど、人外の行きつけの店ならあるよ。
店主も人外。近いから行ってみようか!!」
あまりにもサラッと言う永遠。
その無邪気さに、一人は内心(いやいやいや、ホラー映画の直後にその話題はフラグでしかないだろ!)とツッコミながらも、結局ついて行くことになった。
夜の十一時すぎ。
永遠のマンションから歩いて十五分ほどの寂れた商店街。
人通りはほぼゼロ。街灯の明かりだけが、やけに頼りなく伸びている。
「なぁ……これ、逆に怖いんだけど。」
「大丈夫、大丈夫。ここはね、一見さんは来れないようになってんの。
人間が一人じゃ絶対辿り着けない術式、かかってるから。」
「それ、怖さ倍増なんだけど!?」
路地裏を三度折れ、古びた倉庫の脇を抜けると――不意に小さな看板が見えた。
店名らしき文字は、奇妙な記号の羅列。
日本語でも英語でもない。
「……読めないよ。なんて店?」
「うーん。人間には発音できないんだよね。無理やり変換すると……悪魔酒場、かな?」
「さらっと言うなぁ……」
扉を開けると、店内は意外にも落ち着いた雰囲気。
赤いランプシェードに照らされ、ボックス席には十名ほど。カップルばかりが目立つ。
「おー、アドラステイアじゃん。珍しいね、今日はひとりじゃないんだ。」
バーカウンターに立つ女性が、軽やかに声をかける。
シャツにベスト、スラックス姿。
洗練されたバーテンダー然とした佇まいだ。
「うん、そうなんだ。へへ。ボックス空いてる?」
と永遠。
しかし、店主は一人を見るなり、ギョッと顔をこわばらせた。
「ちょっ……ごめん、うちは“飲食物”の持ち込み禁止なんだよ。他あたってくれる?」
そんな中、永遠はケラケラ笑って、一人を親指で指した。
「ちがうよ〜、みっちゃん。こいつ、私の“旦那”なんだ。」
「はぁ!? 旦那ぁ!?」
店主は盛大に二度見した。
「え、うそでしょ。そいつあんたの“弁当”じゃないの? だって……どう見ても人間じゃん!
え、私の目がおかしくなった? そいつ邪神か何かなの? あんた、アドラステイア・アンブロージアだよね!?」
「何言ってんのよ。本人に決まってるじゃない。」
永遠があっさり言い切る。
「えええええええええーーーーーー!!!」
店主の絶叫が、バーに響き渡った。
(……やっぱり来るんじゃなかった!!)
一人は頭を抱えつつ、心の底から後悔した。
「二名さま、ボックス席ご案内です〜」
店員の声に導かれ、二人は奥のふかふかシートへ。
永遠は胸を張って腰掛けると、すかさず注文。
「“いつもの”で。あと彼にはオレンジジュースね」
「えっ、僕ジュースなの?なんかちょっと子供扱いされてない?」
だが永遠は聞いちゃいない。
ボックス席に沈み込みながら、肩を震わせ――
「ぐふふふふふふ……ついに私も、このボックス席に……ふっふふふ」
「……いや、笑い方怖いんだけど」
すると、他の客が物珍しそうにひょっこり顔を出してきた。
見た目はどう見ても普通の人間。だが声が妙にひそひそとしている。
「えっ……うそっ。ティアと結婚する勇者がいるって聞いて来てみたら……ほんとにいる!?
おいおい、そいつほんとに“あんたの弁当”じゃないの?」
永遠はニヤリと笑う。
「へへへへ……まあね〜」
「信じられん……高位悪魔でもそんな勇気あるやついないぞ!」
「えっ、まさか洗脳? それとも精神魔法?」
「そんなことしないよ〜。むしろ、どっちかっていうと彼のほうが積極的なんだ」
(一人:……あれ? なんか、すっごい“トロフィーダーリン”扱いされてる気がするんだけど?)
カウンター席のお一人様からも、ぽつりと声が。
「いや、勇気と希望もらったわ……」
(いやいやいや! なんもしてないから!)
そんなやりとりを横目に、店主がこっそり一人を手招きした。
「ちょっと来て」
「……はい?」
「ねえ、あんたさ。ここどういう店か知ってんの?」
「えっ、人外の人が来る酒場って聞いてますけど?」
店主はしばし沈黙し――口の端を釣り上げた。
「へぇ〜……そうなんだ〜。まあ、楽しんでって。
朝までやってるからさ……ふふふ。
それにしても……いつもはカウンターなのにねぇ」
妙に下卑た笑みが怖い。
(……ん? どういう意味だ、それ)
やがてボックス席に集まってきた物好きな客たちもいなくなり、残されたのは二人きり。
店内には他の席から、艶めかしい笑い声や囁きが響いていた。
永遠は、グラスをくゆらせながら――
「ぐふふふ……さて。私たちもね。朝まで時間はあるし……」
「……えっ、それってどういう……」
(いや、待て。なんか変な流れになってる!?)
翌朝。
朝焼けが差し込む街を歩きながら、一人はようやく真実を聞かされた。
「昨日の店? あそこ、人外専用の酒場兼“同伴喫茶”だよ」
「……いや、もっと早く言ってよ!!」
永遠は上機嫌で、彼の腕にぴたりと絡みつく。
「ふふ、また行こうよ。次はもっと、楽しい夜にしようね?」
眩い朝日に、一人はただ天を仰いだ。
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
同伴喫茶については、読者様でお調べくださいませ。
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