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第4話 ヒッチャー


祓川高校二年B組。


午前の授業が始まる前の教室は、ざわめきに包まれていた。



机に肘をつきながら、僕――家成一人いえなり かずとはスマホを指で滑らせていた。


目的はただひとつ。映画館の上映スケジュールだ。


(……あ、やっぱり。今週で終わりじゃないか、この映画)


スクロールした画面に浮かぶのは、80年代のカルト映画のリバイバル上映。


観客は限られているだろう。好きな奴しか来ない、まさに“通好み”。


(今日しかないな……しかも、よりによって誕生日にかぶるとか)



小さくため息をついた瞬間、


「――痛っ」


頭の芯を針で突かれたような衝撃が走った。



思わずこめかみに手を当てる。視界が一瞬ぐらついたが、その痛みは波が引くように消えていった。


(……なんだ、今の。寝不足か?)


いつもなら不健康のせいにして終わるところだが、今日は妙に気味が悪かった。


視線を上げると、少し離れた席でひときわ目を引く存在がいた。



月永つきなが 永遠とわ


黒髪のロングヘアーに、凛とした黒い瞳。


清楚で、気品がありながらも、どこか幼さを残した雰囲気が庇護欲を刺激する。


学年一の美少女。いや、祓川高校全体を見回しても、彼女の名は必ず挙がるだろう。


成績優秀。運動神経も抜群。


笑えば教室の空気が和らぎ、歩けば注目が集まる。


そんな完璧な人間。


(……僕とは正反対の世界の人間だ)


一度でも彼女と交わることなんてあるだろうか。



――いや、ない。


そう決めつけてしまうくらい、彼女との間には大きな溝があった。


「おはよう、永遠!」


明るい声と共に、クラスメイトの女子が駆け寄る。


「おはよう、マキ」


永遠は柔らかく微笑む。その笑顔一つで、周囲の空気がほんのり温かくなる。


休み時間になると、彼女は友人たちと楽しそうに談笑している。


時には分厚い本を静かに読んでいることもある。


誰もが声をかけたくなるのに、同時に近寄りがたいオーラを放つ。


――僕とは、住む世界が違う。


そう思いながら、つい目で追ってしまう自分がいる。


頭痛のせいか、今日は彼女の輪郭がやけに鮮明に見えた。


そして、心の奥に妙なざわめきが広がっていく。


(なんだろう……胸騒ぎ、ってやつか?)


まるで、今日という日がただの誕生日じゃなく、何か特別な一日になると告げているように――。


放課後の映画館。


人は誰と観に行くかで楽しみ方が変わる、なんて言う人もいるけれど……僕にとって映画は、ひとりで向き合うものだった。


他人の気配に邪魔されず、スクリーンと自分だけの世界に没入する――それこそが最高の鑑賞体験だ。


エンドクレジットが流れ始めると、席を立つ人も多い。


けれど僕は最後まで残る派だ。あの余韻の数分間にこそ、映画の魂が宿っている気がするから。


今日のチョイスは「ヒッチャー」。


1980年代に公開された伝説的なカルト映画で、スリラー好きの間では今でも語り草になっている一本だ。


……もっとも、館内のほとんどのお客さんは、今大人気の「鬼を題材にした某アニメ映画」目当てらしい。ロビーのグッズ売り場なんて戦場だった。


だからこそ、僕は静かに一人でこの席を選び、密かに至福の時間を過ごしていた。


――上映終了。


やはり、たまらない。


「……あっ」


「……あっ」


帰り際、振り向いたその瞬間。


目が合った。


そこに立っていたのは――月永永遠。


祓川高校の学年一の美少女。清楚で、勉強も運動も完璧で……僕にとっては完全に別世界の住人。


その彼女が、よりによって同じ映画を観ていたなんて。


「こんばんは。家成くんも来てたんだね」


「え、えっと……月永さん?」


「うん。これ観たの?」


「う、うん。この俳優がすごく好きで……この映画も、前から憧れてたんだ」


「そうなんだ。私も好き。ブレードランナーに出てた時もよかったよね」


……え? ブレードランナー!?


その名前を聞いただけで、僕のテンションは急上昇した。


映画の話題で誰かと盛り上がれるなんて、サークル以外で初めてのことだったから。


気づけば僕らは近くのハンバーガーショップに入って、映画談義に夢中になっていた。


永遠さんは驚くほどの映画オタクだった。


今まで観てきた作品、これから観に行きたい作品――


話し出したら止まらない。表情はいつもの清楚系ヒロインではなく、まるで別人みたいに早口で熱弁していた。


「へえ……そういう映画が好きなんだ」


僕が観るのは王道寄り。話題の大作とか、評価の高い映画が中心だ。


でも彼女の好みは全然違った。カルト映画やB級ホラー、時には“クソ映画”と呼ばれるジャンルまで網羅している。


もちろん有名作も観ているのだろうけど、どこか「王道に飽きている」ような視点を持っていた。


「試しに聞いてみるけど……スーパーマンって観てる?」


「もちろん。クリストファー・リーブ版が最高だった」


「えっ!? 僕なんてマン・オブ・スティールから入ったのに……」


内心で首を傾げた。彼女、僕と同い年のはずだよな?


どう考えても、観てきた本数と時代感覚が異常だ。いったいいくつ映画を見ているんだろう。


もっと話していたかった。


だけど――


「……っ!」


額の右上に、急激な痛みが走った。


ジンジンと響くような鈍痛。何度も無意識にそこへ手を当ててしまう。


「家成くん、大丈夫?」


永遠さんが心配そうにのぞき込んできた。


そして――不意に僕の額へ、彼女の手が触れる。


息がかかるほどの距離。


冷たくて、優しい掌。


それだけで痛みが和らいでいくような錯覚に陥る。


胸の鼓動が跳ね上がる。


触れそうで触れない距離感に、全身が熱を持った。


「……ふーん」


永遠さんは何かを確かめるように小さくつぶやいた。


そして、何事もなかったように微笑む。


「痛むようなら、病院に行った方がいいよ」


「い、いや……大したことじゃないから」



「……そっか。帰り道、気をつけてね。危ないときは、ちゃんと人を呼ぶんだよ」


小学生扱いされてるような気もしたけど……その声は、妙に優しかった。


僕らはそこで別れた。



だが、遠ざかる永遠さんの姿は――背を向けた瞬間、ふっと表情を変えていた。


「ふーん……面白いかも。ふふっ。今日はいいもの、見つけた」


誰にも聞こえない距離で、愉快そうに笑いながら。



☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


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