閑話休題 異世界会議
ここは、時空の狭間に浮かぶ館。
人間の建築様式とは異なる幾何学模様に彩られた大広間の中央に、巨大な円卓が据えられていた。
その周りに腰を下ろすのは、人間、亜人、悪魔、精霊――種族も格も異なる者たち。
それぞれの背後には、従者が直立しており、空気は張り詰めていた。
最後に、重い扉がきしみを立てて開く。
姿を現したのは、スーツを着こなした一人の男。
ただし頭には湾曲した角、背には漆黒の翼、肌は黒ずみ、ただの「人」ではないことを雄弁に物語っていた。
彼の後ろに従うのは三人。
眼鏡をかけた知的な秘書然とした女性、その背に透明な羽を持つ従魔。
さらに鎧に身を包み、褐色の肌を持つ戦鬼の悪魔。
男は椅子を引き、無造作に腰を落とすと笑った。
「……いやぁ、遅れてすまんなぁ。勘弁してや〜」
軽薄とも取れる声音に、場が一瞬きしんだ。
だがすぐに視線は、正面に座る一人の聖女へと集まる。
黄金の髪を垂らし、白き衣を纏った聖女――セラフィーナ。
彼女の背後には、魔導士アラン、女剣士、そして緑髪のエルフが控えている。
聖女は視線を巡らせ、深く一礼すると口を開いた。
「急な招集に応じていただき、感謝いたします。
普段は互いに敵対する立場であっても……この場だけは、同じ未来を憂う者として話し合わねばなりません」
円卓に静寂が落ちた。
重く冷たいものが、天井から垂れ込めるようだ。
「――で、話というのは?」
低く、響く声。
口火を切ったのは、一見すれば古風な紳士にしか見えない男。
だが彼は、『真祖』の吸血鬼――ドラコである。
セラフィーナは、その鋭い眼差しを受け止めながら、言葉を選ぶように告げた。
「……サマエルが見つかりました。
異世界に存在しています。まだ覚醒はしていませんが――このままでは近い将来、顕現し、この世界に戻ってくるでしょう」
どよめきが、波のように広がった。
人間の重鎮たちは顔を蒼白にし、亜人たちは互いにひそひそと声を交わす。
ただ、悪魔たちだけは鼻で笑い、目に愉悦を浮かべていた。
その態度を、聖女は見逃さない。
彼女はわずかに声を張り上げ、隣に座る悪魔に問いかけた。
「神話によれば、サマエルは神と悪魔、人間、亜人、精霊――すべてに対して宣戦布告し、神魔大戦を起こしたとか。
眷属を従えて、です。……そうですよね、“サタン”様」
角の男――悪魔王サタンは、頬杖をついたまま肩をすくめた。
「あゝ、まぁ……そんなこともあったんちゃうかなぁ。だいぶ前の話やけど。
あいつも大人になっとるかもしれんやろ? 少しは落ち着いてるかもしれへん」
その軽薄な口調に、会議室がざわつき、怒声を上げかけた者もいた。
「ならば!」
低く唸る声が遮る。
竜の鱗を纏った戦士――リザードマンの族長が立ち上がる。
「今のうちに討伐隊を編成し、芽を摘むべきではないか!
伝説では、人間の勇者、悪魔の勇者、ドラゴニュートの姫、九尾の妖狐、鬼人……彼らの力を合わせてサマエルを討ったとある!」
勇ましい声が響くが、その提案に多くの視線が揺れた。
セラフィーナは苦い表情を浮かべる。
「……厄介なことに、こちらの情報では――すでに奴は強力な眷属を得ています」
その言葉に、緊張がさらに濃くなる。
聖女の隣に座る紅髪の魔女、イゾルデ・タナトスが冷ややかに笑った。
(……言うのね、セラフィーナ。聞かせてやればいいわ。絶望を)
セラフィーナは頷き、列挙する。
「“原初の吸血鬼” アドラステイア・アンブロージア。
“不死の魔女” モルガディア・ノクス。
“失楽園の悪魔” リリス・セレスティア・ノクティス。
……彼らは既に、サマエルの眷属となっています」
その瞬間、会議室全体が震えた。
「まさか……!」
「信じられん……!」
「眷属一人ひとりで、この世を滅ぼす力を持っているではないか!」
怒声、絶望、動揺――それらが渦を巻く。
そしてセラフィーナは、さらに追い討ちをかけた。
「おそらく……リリスの親である“レヴィアタン”と“ベヒーモス”も、そちらに与するでしょう」
円卓に座る者たちが、一斉に言葉を失う。
重苦しい沈黙。
やがて、それは絶望のため息と混乱のざわめきへと変わっていった。
――会議の空気は、限界まで張り詰めていた。
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