第36話 ロード・モブ・ザリング
レヴィは両手で頭を抱え、深々とため息を吐いた。
「……どうすんのさ〜。もう、仕方ないわね」
その言葉に、永遠も澪もりりも、どこか勝ち誇ったような視線を交わす。
――一時間後。
愛川家のリビング。
目を覚ました一人の耳に、開口一番、レヴィの落ち着いた声が突き刺さる。
「ということで、一人君。あなた、三人の所有物になったから」
「………………えっ?」
「諦めなさい。魂が無くなるよりはマシでしょ。むしろ幸運よ。だって三人ともかわいいんだから。それと――りりを娶らないと、魂が消えるわよ? あの契約、最上位悪魔が保証人だもの。それと、私も親として許さないわよ」
さらりとした口調に、一人の頭が真っ白になる。
「えっ……えっ……?」
「じゃあ――」
りりはにっこりと笑い、まるで小学生らしい無邪気さで、しかしその言葉は容赦なく重い。
「不束者ですがよろしくね。お兄ちゃん」
「当然、私にも責任取るわよね?」
永遠は細めた瞳で挑発的に微笑む。
「ふん……私は元々、婚約者だしな」
澪はリボンを直しながら、当然のように言い放つ。
「えっ――――――――」
一人の悲鳴がリビングに響き渡る。
(なんで、こうなるの〜!?)
場を切り裂くように、ぺたりとペストマスクの人物が肩をすくめる。
「それとね……そろそろ中のやつ、目を覚ますわよ。それも考えといた方がいい」
「中のやつ?」
一人が怪訝に聞き返すと、その人物は胸に手を当て、恭しく名乗った。
「申し遅れました。私の名前は――
Pestia Alchemilla
(ペスティア・アルケミラ)、『医術の悪魔』。
ここでは……そうね、獅堂 狂華と呼ばれているわ。
近くに医院を構えているの。気軽に遊びに来てちょうだい」
一人の顔にぱっと明るい笑みが浮かぶ。
「あっ! 獅堂医院の先生だ! すごい美人な先生ですよね!」
次の瞬間。
「あ゛」
「あ゛」
「あ゛」
永遠、澪、りりが同時に低い声を漏らした。
リビングの空気が一瞬にして重苦しくなる。
「ほんっと……女癖が悪いよね」永遠が髪をかきあげ、呆れたように吐き捨てる。
「同感だな。……これは少しお仕置きが必要だ」澪が冷ややかに続ける。
「浮気性は治さないと。物理療法がいいかな?」りりは無邪気な声で、とんでもないことをさらりと言う。
三方向から同時に突き刺さる圧。
一人は椅子の背もたれにへたり込み、心の中で悲鳴をあげた。
(……これ、もう逃げ場ないじゃん!)
リビングに、異様な沈黙が走った。
…いや、正確には沈黙しているのは一人だけで、他は全員が顔を真っ赤にしてプルプル震えている。
その原因は、ただ一人。
ソファに足を組んで座る、白衣姿のペストマスク女――獅堂狂華。
彼女は、紅茶をひとすすりしてから、何でもないことのように言い放った。
「――あんたの中のサマエル、『神の毒』、『神の悪意』、『死を司る天使』。
3年以内に目を覚ますわよ。明日、起きてもおかしくないけどね」
「…………えっ」
一人の声は、蚊の鳴くように小さい。
けれど狂華は気にせず、勝手に続ける。
「それと魂を覗いたとき、記憶が“偶然”見えたんだけど。ほんと“偶然”よ? わざとじゃないから安心して。
…すごいわねぇ。高校生がするプレイじゃないわよ。彼の身体、開発されてないところが残ってないんだから」
「ちょ、ちょっと待っ――」
慌ててレヴィがりりの耳を塞ぐ。
しかし、当のりりは「むー」と不満そうに頬を膨らませるだけ。
狂華は気にせず、さらに爆弾を投下した。
「ここまで開発されてたら、彼に抱かれて堕ちない人外の女なんていないわよ。◯❍◯◯マシーンよ。フルチューンナップ。
特に吸血鬼のお嬢さんの調教は凄かったみたいねぇ」
「うあああああああああああ!!」
永遠と澪の叫び声が、リビングに木霊する。
「普通の◯❍◯◯以外にも、いろんな制服◯◯◯、シチュエーション◯◯◯、◯◯◯◯とか、回復魔法でエンドレスとか……魔女もよくやってるみたいだけど。
それに◯❍◯◯を使った逆◯◯◯とか、一晩中◯◯◯とか……流石に◯◯◯は食べさせてないけど、まあ近いことはさせてるみたい。
アイテム使ったり、あとT◯でやってみたり、都合悪いときは記憶を消したんでしょ? 久しぶりにこんなハードなやつ見たわ。凌辱系のエロゲーみたいじゃない」
「………………」
リビングの空気は完全にフリーズした。
ようやくレヴィに耳を解放されたりりが、きょとんとしながら呟く。
「え〜、りり、『性愛の悪魔』なんだけど。別に聞いてもいいんじゃん?」
「物事には順序があるの!」
レヴィは怒鳴り、額に青筋を浮かべる。
そして、顔を真っ赤にしながら、永遠と澪を睨む。
「高校生がやることじゃないわよ! 社会人でもここまでアブノーマルしないわ!子供に聞かせられないでしょ! 悪魔でも滅多にいないわよ、こんな激しいの!」
「「………………」」
目を逸らす永遠と澪。
完全に図星。
一人は、というと。
ソファの端で情けない笑顔を浮かべ、そろりと手を挙げた。
「あ、あの〜……。そういうのって、普通は本人のいないとこで言うんじゃないですか?
それにプレイの話に夢中ですけど、サマエルの覚醒の方が大問題じゃ……」
しかし、その声は誰にも届かなかった。
羞恥と暴露と爆弾発言の嵐に晒されて、全員の思考が「プレイ内容」で止まっていたのだから――。
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。
今後もよろしくお願いします!