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第33話 りりの決意

 愛川邸の玄関先。


 夕暮れの橙が差し込む中、門の前に立っているのは永遠と澪。

 二人とも制服姿のまま腕を組み、待ち構えるように視線を門へと注いでいる。


「遅いわね……たぶんここだと思うんだけど」

 永遠が呟くと、澪は溜息をつきながら返す。


「悪魔の匂いはここから濃く出てる。間違いないわ」

 そうしているうちに、扉が静かに開いた。


 現れたのは――艶やかな金髪を揺らす美女、りりの母・愛川レヴィ。

 その笑みはどこまでも優雅で、しかし底知れぬ妖しさを含んでいた。

「ごめんなさいね。少し準備に時間がかかっているみたいなの」


「ありがとうございます」

 澪が礼を言うと、永遠は軽く頭を下げつつ、視線は屋内を探るように鋭くなる。


 やがて――小さな足音が廊下を駆け抜け、玄関に姿を現す。


 金髪ツインテール、小学生の姿のりり。

 けれどその瞳の奥には、悪魔リリスとしての輝きが潜んでいた。


「りりちゃん、一人……返してくれない?」

 永遠が柔らかい声を作り、年上の余裕を漂わせて告げる。


  しかし、りりは一歩も引かず、真っ直ぐに言い放った。

「それはできない。さっき、お兄ちゃんの気持ちを確認したんだ。私たち、相思相愛なの。契約もあるし……もう婚約者だもん。旦那様を、守るの」



 その言葉に――永遠と澪の顔が同時にひきつる。

「あ゛――あいつ、また……!」

 二人が同時に叫んだ。



  澪が一歩前に出て、屈み込むようにしてりりを覗き込む。

「りりちゃん、ごめんね? あいつ、そういうやつなのよ。女と見ればすぐに口説く、ろくでなし。少しお仕置きしないと気が済まないわ。りりちゃんの気持ちを弄ぶなんて許せない。だから代わりに懲らしめておくから……ねっ、渡して?」



 永遠も続く。

「前から女癖が悪くてね、私も苦労してるの。だから……“お話”したいの。出してちょうだい?」

 彼女の口調は優しいが、その瞳には鋭い棘が光っていた。



 だが――リリスは幼い体のまま胸を張り、挑むように言い返した。

「お兄ちゃんは渡せない! ……ここじゃなんだから、そこの公園に行こうか」


 その瞬間、空気が歪む。


 三人の姿は同時に掻き消え、残されたのは夜風と沈黙だけ。


 その光景を、玄関先に残った母・愛川レヴィは涼しげに見送り、口元に指を当てて笑った。

「二対一、か……。親としては、ちょっと様子見しないといけないかな」


 その声音は、不思議と楽しげですらあった――。





 人気のない公園。


 錆びついたブランコが風に揺れ、微かな軋みが響いていた。だが、その場に立つ三人の少女の気配は、そんな雰囲気を震え上がらせるほどの緊張を孕んでいる。



 互いに睨み合う――二人の女子高生、そして一人の小学生。



「りりちゃん。悪いこと言わないわ」

 永遠が一歩前へ踏み出す。大人びた整った顔立ちの奥に、強い怒りの色を滲ませながら。

「あなた、あいつに騙されているのよ。だから――恋人の私が代わりに“お仕置き”してあげる。一人を渡しなさい」



「そうよ!」澪も声を上げる。

 その手にはすでに光を帯びた魔法陣が浮かび、杖を握る指先には魔力が収束していた。

「小学生を誑かすなんて言語道断! 婚約者の私が、あなたの代わりに“お仕置き”するわ」



 対して、小学生のりりは一歩も退かない。

 その瞳は幼さを帯びつつも、狂おしいまでの決意を宿していた。

「私は――“お兄ちゃんのお嫁さん”だよ」


 笑みを浮かべながら、当たり前のように言い放つ。

「女遊びする旦那様はね……お嫁さんの私が“お仕置き”するの。お姉さんたち、ごめんね? 私の旦那様の女遊びが激しくて」


 悪びれるどころか、挑発そのもの。


 永遠も澪も、同時にため息をつく。


「……これは仕方ないわね」

「うん。けど――小学生相手じゃあ、さすがに気が進まないわ」

 そう言いつつも、二人は臨戦態勢へ移行する。


 永遠の背に、漆黒の羽が咲き乱れるように広がった。翼から滴るように闇が流れ、彼女の全身を包み込む。


 澪の周囲では宙に幾重もの魔法陣が展開し、杖の先に凝縮された光が脈動する。尖った帽子が彼女の影を伸ばし、夜を切り裂く。



 そして――。


 りりの身体を、黒い光が覆った。

 幼い姿が、みるみるうちに大人の女性へと変貌する。


 黒いドレスが夜に溶け、背には大きなリボン。冷ややかに笑うその姿は――悪魔リリス。

「そうこなくちゃね。私の家では、男は闘争で奪い取るもの。一人は、私の獲物よ」



 瞬間、足元から魔法陣が浮かび上がり、公園全体の景色が夜の闇に塗り潰されていく。


「いいじゃない」永遠が唇を吊り上げる。

「そっちの姿の方が燃えるわ。手加減できないけど……いいのね?」


「ふん……あんたたち如き、二対一でも楽勝よ」

 リリスの影が揺らぎ、次の瞬間――二つの姿が並び立っていた。

 分身。それも幻影ではない、本物の“二人のリリス”。


「精神系……!」澪が息を呑む。


「永遠! 直接戦闘のあなたじゃ相性が悪い!」


 「そうかしら?」リリスの二人が同時に笑う。

「どちらも本物よ」


 一人のリリスが魔法陣から獄炎を放ち、澪を襲う。


 もう一人は翼を翻し、永遠へ肉薄する。


「甘い!」澪が杖を振ると、無数の炎の魔法陣が地面から立ち上がり、業火が逆流するようにリリスを包む。


 轟音と共に吹き飛ぶリリス。だが、その頭上に稲妻の魔法陣が浮かび上がり――。


「くらえ!」

 雷光が澪を貫こうと奔る。


 彼女は辛うじて身を翻し、逆に業火を重ね放つ。


 一方の永遠とリリスは、互いの手を掴み合い、力比べの真っ只中だった。


 闇と闇が軋む。地面がひび割れる。

「いいわね……楽しいわ。力比べなんて、何百年ぶりかしら」永遠が笑う。


「……舐めんなっ!」

 永遠の力が上回り、リリスの膝が地に沈む。


 その瞬間、永遠は手を離し――力任せにリリスの顔面へ拳を叩き込んだ。

 轟音と共に吹き飛ぶリリス。


「くっ……直接戦闘は……不利か!」


 視線を向ければ、もう一人のリリスも澪に押し負け、獄炎に呑まれかけている。

「どこ見てんのよ!」

 永遠の拳が、さらにリリスを撃ち抜く。


  永遠は吹き飛んだリリスを追い詰め、顔を掴み上げる。


 黒い羽が夜を覆い、圧倒的な力で締め上げる。

「くそっ……こんなところで……!」


 リリスの瞳が赤く爛れ、必死に抗う。


  だが、彼女の視線の先――もう一人の自分も澪の獄炎に吹き飛ばされ、煙と共に消え失せていくのが見えた。



「くっ……ここまでか……お兄ちゃん……」

  その言葉を残し、悪魔リリスの影が闇へと溶けていった。


☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


次回の更新は、9月13日 6時です。

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