第31話 学習帳に込めた想い
三人の女の視線が一点に集まる。
空気が張り詰め、呼吸すら困難になるほどの緊張感。
部室に重く張り詰めた空気が漂う。
壁際に一人、ただ座っているしかできない――家成一人。
けれど、胸の奥で鼓動は早まり、思わず小さな声を漏らしてしまった。
「あの〜ほら、みんな仲良く…」
ほぼ同時に三人の声が重なる。
「一人はうるさい」
「ここは任せろ」
「お兄ちゃんは黙ってて」
一人は小さく、ただ「はい…」と答えるしかなかった。
ただそのせいか、部室に重く張り詰めた空気が先程がやや緩む。
澪が、ため息混じりに問いかける
「あんたが、契約してるなら、その契約書見せてみなさいよ。悪魔は平気で嘘をつくからね」
永遠も負けじと瞳を光らせる。
「そうね。契約にそれを調停する悪魔の名前も、きちんと確認したいし」
リリス――悪魔の姿をまとった彼女は、わずかに微笑む。
「ふん、いいわ。見せてあげる。諦めることね」
宙に浮かんだ学習帳がゆっくりと回転し、三人の視線を集める。
ページをめくると――
日付とともに、幼い筆跡でこう書かれていた。
「おおきくなったら、〇〇はおにいちゃんのおよめさんにです」
「いっしょに、はらいがわでくらします」
そして、その下には、家成一人のサインが残されている。
さらに、ページの隅に――最上位悪魔のサイン。
漆黒の朱で刻まれたその文字は、闇の深淵を思わせる威圧感を放つ。
澪は牙をむくように笑った。
「かかったな!!」
指先に炎が巻き付き、獄炎の魔法が学習帳を焼き尽くそうとする。
しかし――ノートは無傷。紙は燃えず、文字も微動だにしない。
「くそっ、いつもならこの手で……」澪の怒声が部室を震わせる。
リリスはゆっくりと片腕を伸ばし、炎を制するように手のひらを掲げる。
「無駄よ。私はそこいらの悪魔じゃないの。しかも名前も巧みに隠蔽している。だから、貴女の魔法など意味がないわ」
永遠は一瞬、息を呑む。澪も唇を噛む。
学習帳はただそこに在り、彼女たちの攻撃や威圧にも屈しない――絶対の証明のように。
部室に、契約の重みと圧倒的な力の差が沈黙のまま垂れ込める。
「これで、誰も私の前で一人に触れられない……」リリスの目に、決意と誇りが光る。
永遠がその表紙を指さし、唇を小さく震わせながら呟く。
「えっ、りりちゃん……だよね。一人の隣に住んでる。小学生なのにおませだよね」
その瞬間、部室の空気が一瞬凍りつく。リリスの顔が怒りで赤く染まり、瞳に獣のような光が宿る。
「えっ、貴様……なぜそれを」
一人も、思わず目を見開く。
そこには、永遠も澪も、そして僕も、学習帳の表紙を指差す手が揃っていた。
小さな文字が、静かに、しかし力強く、運命を刻んでいる――
そこには、くっきりとした文字でこう書かれていた。
「1ねん3くみ あいかわ りり」
「くっ……やるな」リリスが低く唸る。
「でも、この契約は有効だからな」リリスの声は冷たく、しかし確信に満ちていた。
「魂レベルでの契約完了している。もう私のものだ。私だけのものだ」
その言葉が空気を震わせ、部室の窓がかすかに軋む。
学習帳の文字が、光を帯びてまるで生きているかのように脈打つ。
そして、闇に紛れるように、リリスは一人を背後から抱え上げる。
「もう、ここまでね」
一人はその光景を、ただ息を呑んで見つめるしかなかった。
永遠も澪も、怒りと焦燥の間で立ちすくむ。
しかし、リリスの声だけは静かに、しかし揺るぎなく響いた。
「私のもの……誰にも渡さない。魂の契約は絶対よ」
そのまま、リリスと一人は闇に消え、残された部室には、緊張と静寂だけが残る。
学習帳――それはただの紙ではない。
これは、誰にも抗えない、魂に刻まれた運命の証。
一人の心臓は激しく打ち、永遠も澪も唇を噛みしめる。
この瞬間、世界の均衡が、ほんの少しだけ傾いたことを、三人は無意識に感じていた――
魂を縛る契約が、今、この手の中で静かに動き出したのだ。
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
次回の更新は9月12日 12時です。
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