第30話 スリーエンジェルズ
闇の奥から、ヒールの音が響く。
カツ、カツ、カツ……。
姿を現したのは、黒いドレスを纏った金髪の美少女。
金の髪はツインテールに結われ、黒いリボンが揺れている。
端正すぎるほどの顔立ち。成熟した肢体。纏うだけで人を支配する妖艶。
悪魔――リリス。
「お前ら……いい加減にしろ」
冷たく、だが震えるほどの怒気を孕んだ声が部室に響く。
リリスは一歩進むと、一人を後ろから抱きしめた。
その腕は優しく、けれど決して離す気配はない。
「もう大丈夫だからね……」
耳元に囁く声は甘美で、ひどく切なく。
「助けてあげるから……お兄ちゃん」
一人の身体が震えた。
リリスは顔を上げ、永遠と澪に視線を突きつける。
その眼差しには、憎悪と怒りが燃えていた。
「――お前たちの所業、許さない」
声が低く響くたび、部室の壁が軋むように揺れる。
「いたいけなお兄ちゃんを無理やり性奴隷にし、魂にまで所有の刻印を刻む……? そんなもの、悪魔でさえ聞いたことがない!」
金色の瞳が、紅蓮の焔を宿したように輝く。
「お前たちは――悪魔以上の悪魔だ!!」
永遠と澪の表情から余裕が消えた。
リリスの怒りは、ただの嫉妬や独占欲ではない。狂信的な愛情が、理を越えて燃え上がっていた。
その場の空気が爆ぜ、暗黒が渦を巻く。
今にも世界を飲み込むかのような、堕天の裁きが始まろうとしていた――。
部室に張り詰めた空気。
永遠が目を鋭く見開き、唇を引き結んだ。
「あんた……悪魔ね。そいつ――私だけのものなんだ。返してよ」
澪は肩を揺らして笑い、挑発的に声を張る。
「なに言ってんの?“私のもの”だからね。仕方なく、あんたに貸してるだけ!!」
その瞬間、部室全体が震えるような気配に包まれる。
闇の中から、金色の瞳を光らせた悪魔――リリスが立ち上がった。
「違う!!!私のものだ――私だけのものだ!!」
声は雷のように轟き、三人の間に割り込む。
「お前たちがお兄ちゃんに出会う前に、すでに契約書を交わしている。悪魔との契約は絶対だ!!」
リリスの髪が微かに揺れ、ドレスの裾が闇を切る。
「私の名は――悪魔リリス。Lilith Celestia Noctis(リリス セレスティア ノクティス)
――『失楽園の悪魔』『性愛の悪魔』」
その口調には、威厳と狂気、そして底知れぬ愛情が渦巻いていた。
「この男は――私のものだ! 私だけのもの! お前たちの所有など、無効!!!絶対に認めない!!」
永遠と澪が瞬きし、視線を交わす。
互いの瞳に炎が宿る。
澪が嘲笑を含ませ、指先を翳す。
「でもね――私の所有紋は魂の奥底まで刻まれている。どんな上書きも、私の前では無力よ」
永遠は眉を寄せ、拳を握り締める。
「黙れ……私の所有は魂レベルで、もう逆らえない。お前たちに貸す理由もない。返せ」
リリスは両腕を広げ、まるで世界を抱き込むように振り向く。
「お前たち……この男は私のもの。
私だけのもの!!」
澪は身をかがめ、薄笑いを浮かべる。
「ふーん、面白いじゃない。じゃあ――どれが本当に彼を掌握するのか、力ずくで決めるしかないわね」
永遠も瞳を燃やす。
「構わない……この部室で、私が決めてみせる」
三人の女の視線が一点に集まる。
空気が張り詰め、呼吸すら困難になるほどの緊張感。
部室に重く張り詰めた空気が漂う。
壁際に一人、ただ座っているしかできない家成一人。
けれど、胸の奥で鼓動は早まり、思わず小さな声を漏らしてしまった。
「あの〜ほら、みんな仲良く…」
ほぼ同時に三人の声が重なる。
「一人はうるさい」
「ここは任せろ」
「お兄ちゃんは黙ってて」
一人は小さく、ただ「はい…」と答えるしかなかった。
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
次回の投稿は9月12日 6時です。
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