第3話 サラダ記念日
――現代日本にて。
こちらの世界で、一番の問題は――ヒマだということだ。
争いは多い。ニュースをつければ、戦争、テロ、殺人、事故。人が死ぬ数は異世界の戦場より桁違いだ。
……なのに、私には関係ない。
呪いのせいで、そういう「修羅場」には立ち入れない。血と死の匂いに近づこうとすれば、まるで透明な鎖に引き戻されるように、体が言うことを聞かなくなる。
だから私は――この東洋の島国に六十年も、ただ漂うように生きている。
最悪なのは、人外が極端に少ないことだ。
ここにはヒューマンばかり。吸血鬼も、魔族も、精霊も……めったに会わない。
孤独だ。退屈だ。血を吸う相手すら、つまらない。
妖狐との出会い
先日、ようやく珍しい相手に出会った。九尾を持つ妖狐。
戦える、と直感した。胸が高鳴る。
「勝負を挑むぞ」
そう言った私に、奴はぱちりと瞬きして――
「あ〜ごめん。今から夕飯の準備しないといけないんだ〜。学生さん? いいよね。いろいろ主婦は忙しいんだよ」
「は? ……夕飯?」
「そうそう。毎日考えるの大変でさ〜。ところでさ、今日の夕飯、何にしたらいいと思う?」
私は呆然と答えた。
「……血しか飲まないから、知らない」
「あ、そうだった! ごめんね〜。じゃ、また!」
くるりと尻尾を揺らして去っていった。
……戦意が、一瞬で凍りついた。
悪魔との出会い
数か月後、また珍しい存在に遭遇した。今度は悪魔だ。大公クラスではないが、久々に血が騒ぐ。
だが、奴は開口一番――
「あ〜ごめん。この辺さ〜、旦那の仕事関係の人が多くてね。見られるとちょっとマズいんだよ。あと宗教的にNGなんだ。なむなむ」
「……宗教的? なんだそれは」
意味が分からない。分からないが、やはり殺る気は急速に失せていった。
結局、誰とも戦えない。
牙も爪も、血の渇きも、この世界では持て余すだけだ。
「……平和だね」
私の口から、思わずそんな言葉が漏れた。
戦乱と殺戮の世界に生きてきた私が、数百年かけて覚えた感覚。
平和は――退屈そのものだった。
仕方がない。
今日は映画でも観るか。
棚から古びたDVDを取り出す。
『男はつらいよ』。あの寅さんの笑顔がこちらを見ている。
懐かしい。何度観ただろう。
「ふふ……サラダ記念日、か」
異世界で血を啜り、魔を屠った吸血鬼が――
……ああ、退屈だ。
けれど、それが意外と悪くないと思ってしまうのが――一番忌々しい。
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