最終話 悪魔と吸血鬼の彼女たちが僕をめぐって…
―――次の日。
早朝。
朝靄がまだ境内に残るお寺の墓地は、世界から切り離されたように静まり返っていた。
風が木々を揺らし、線香の香りだけが淡く漂っている。
一人と澪は並んで歩き、墓前に立った。
――家成家之墓。
黒御影石に刻まれた文字。
そこには、確かに「家成一人」の名があり――
その隣に、「澪」の名も刻まれていた。
二人は無言で線香に火をつけ、花を添える。
そして、同時に手を合わせた。
静寂。
ただ、風の音だけが耳に残る。
やがて澪が一歩前に出て、墓の扉に手をかけた。
重い石が、鈍い音を立てて開かれる。
中から取り出されたのは――二つの骨壺。
一つは、一般的な大きさ。
もう一つは……手のひらに収まるほどの、小さな小瓶だった。
「……こっちの大きいのが、一人のもの」
澪の声は静かで、感情を押し殺しているようだった。
「そして、この小さいのは……」
一瞬、言葉が詰まる。
「一人と、澪の……子供のなんだ」
空気が、凍りついたように感じられた。
「生まれてくるはずだった……命だよ」
一人は、骨壺から目を離せなかった。
胸の奥で、何かが軋む。
やがて、彼は低く問いかける。
「あのさ……サマエル。まだ、わからない?」
「僕が……誰か」
その瞬間、一人の雰囲気が変わった。
視線が鋭くなり、声がわずかに低くなる。
「……エイシェト、だろ 自分の嫁を忘れるわけねえだろ」
澪は小さく目を見開き、それから苦笑した。
澪――いや、エイシェトは、墓を見つめたまま語り始める。
「前の仕事でさ……しくじったんだ」
「派手にやらかして、体を失った」
淡々とした口調だが、その裏に滲む疲労は隠せない。
「その時、白雪澪に出会った」
「彼女も……死にかけてた」
朝の光が、墓石に反射する。
「魂と肉体を代償に、約束を交わしたんだ」
指を折りながら、静かに。
「――『一人と添い遂げること』」
「――『生まれてくる子供を愛し、育てること』」
「――『家成の家を継ぐこと』」
一人は、無言で聞いていた。
「でもね……」
エイシェトの声が、わずかに揺れる。
「生まれるはずだった子供は……彼女と同化する、その瞬間の衝撃で……死んだ」
小さな骨壺に、視線が落ちる。
「そして、一人も……長くは、もたなかった」
沈黙。
「一人は……澪の幼馴染だった」
「可愛くて……大切で……」
「二人は、確かに家族だった」
言葉を選ぶように、ゆっくりと。
「将来を誓い合ってたんだよ」
「口にしなくても……ちゃんと、分かってた」
一人は、唇を噛みしめた。
「だから――」
エイシェトは、墓に向かって深く頭を下げる。
「彼女の魂は、返した」
「約束は……果たせなかったけど」
そして、静かに言った。
「筋は通したいんだ」
「……体、貰ったしね」
朝日が完全に昇り、墓地を照らす。
それは、赦しの光なのか、
それとも――裁きの光なのか。
二人は、まだ答えを知らないまま、
ただ墓前に立ち尽くしていた。
戸惑いと恐怖が入り混じった声が、まるで凍結した世界に石を投げ込むように落ちた。
その言葉を耳にした瞬間、澪――エイシェトは、胸の奥を強く締めつけられる感覚に襲われた。
息が浅くなり、喉がひくりと鳴る。視界が揺れ、唇が震えた。
逃げ場はない。
だからこそ、彼女は小さく息を吸い――涙を滲ませながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……ごめんね……」
たった一言。
だがそこには、積み重なった後悔と、誰にも触れられなかった長い孤独が、重く沈んでいた。
「孤独だったんだよ、僕……」
声がかすれる。
「この世界には……誰もいなくてさ……。
名前を呼んでくれる人も、帰る場所も……」
澪は視線を落とし、指先を強く握りしめる。
「……羨ましかった」
「同じ“澪”なのに……なんで僕だけ、って」
一人は何も言わず、ただ彼女を見つめていた。
否定もしない。責めもしない。
ただ、逃げずに。
「次元の宝珠で……ずっと、観てたんだ」
澪は、まるで罪を一つずつ差し出すように言う。
「別宇宙の自分を……
もしかしたら、なれたかもしれない“僕”を……」
朝の光が、墓石の縁を淡く照らす。
「そしたらさ……幸せそうな僕が、そこにいて……」
「笑ってて……誰かの隣にいて……」
声が、震えた。
「……どうしようもなく、嫉妬した」
「“なんで、こいつだけ”って……」
拳が、震える。
「気がついたら……君を……」
最後の言葉は、喉の奥で潰れた。
「嘘じゃないんだ……」
「でも……ごめん……」
澪の頬を、涙が伝う。
「謝って済むことじゃないのも……分かってる……」
その瞬間、世界は張りつめたまま静止した。
風も、鳥の声も、すべてが息を潜めているようだった。
まるで――次の言葉を、世界そのものが待っているかのように。
やがて。
一人は、小さく息を吐いた。
困ったように頭を掻き、そして――
どこまでも優しい、柔らかな笑みを浮かべる。
「……そっか」
短く、穏やかに。
「うん……それなら……仕方ないね」
軽く、ため息をつく。
そこに、怒りはない。拒絶もない。
ただ、受け入れるような静けさだけがあった。
「どうせ……帰れないんでしょ」
一人は、空を仰ぐ。
朝日が、彼の横顔を照らす。
「……なんとなく、分かるよ」
そして、静かに言った。
「いいよ」
その一言は、赦しでもあり、
同時に――これから背負う“何か”を引き受ける覚悟でもあった。
澪は、言葉を失ったまま、ただその背中を見つめていた。
ー完ー 人外の彼女たちが僕をめぐって〜 僕に拒否権は?
☆最終話まで、読んでくださり、感謝いたします。
もう少し閑話があります。
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