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第98話 コンセクエンス(3)

 煌々とした閃光が、夜空を引き裂いた。


 次の瞬間――腹の底を揺さぶるほどの激しい爆発音が、遅れて街全体を震わせる。



 はるか前方。



 炎と瓦礫の向こうに、それは立っていた。


 牛の頭部を持ち、捻じ曲がった筋肉を誇示するように上半身をさらけ出した異形。


 その手には、城門すら粉砕しそうな巨大なハンマー。


 怪物が一歩踏み出す。


 それだけで大地が悲鳴を上げた。



 ――ゴォォンッ!



 ハンマーが振り下ろされるたび、雷光と衝撃波が大地に叩きつけられる。


 建物は紙細工のように潰れ、道路は裂け、逃げ遅れた影は業火に飲み込まれていく。



 すでに街の半分以上は焦土だった。


 炎は地面を這い、夜を昼に変えるほどの赤に染め上げている。


 その破滅の中心へ、あえて立ち向かう影が二つあった。



 一つは――



 赤い鉄の鎧に全身を包んだ存在。


 雷鳴が轟くたび、その流線型の装甲が光を反射し、まるで戦うために生まれた兵器のように輝く。




 もう一つは――


 端正な顔立ちをした、長い青髪の女。


 白い司祭服を思わせるポンチョを翻し、右手には年季の入った木の杖を携えている。



 二人は、言葉を交わさずとも理解していた。


 このままでは、街が消える。


『おい……このままだとマズいぞ』

 赤い鎧から、直接脳裏に響く思念波。



 彼女は両手を前に突き出し、連続して光弾を放つ。


 眩い閃光が怪物の身体に直撃するが、致命傷には至らない。



 怪物は一瞬よろめき、次の瞬間、嘲笑うように咆哮した。



『分かってる』

 女は風に髪をなびかせながら、低く答える。


 その視線は、怪物ではなく、背後に広がる燃え盛る街へ向いていた。


(……だいたい、あんたのしくじりを、なんで私が後始末してるのよ)

 胸中で悪態をつきながらも、彼女の手は震えていない。



『でも、ここでやるしかない』

 女は杖を強く握り直す。


『リリス、時間を稼いでくれ……』


 赤い鎧――リリスと呼ばれた存在が一瞬沈黙する。



『詠唱が必要な魔法なんて……久しぶりだから』


 その言葉に、戦場の空気が一段と張り詰めた。



『……分かった』

 リリスは即座に前へ出る。


 鎧の各部が展開し、出力が跳ね上がる。


『頼む』

 次の瞬間、リリスは怪物へ突撃した。


 雷光と火炎の中を切り裂く赤い軌跡。


 怪物の注意を引きつけ、女から意識を逸らす。


 一方、女は静かに目を閉じた。


 杖を地に突き立て、詠唱を始める。



 古代語の音節が、炎と爆音にかき消されそうになりながらも、確かに世界へ刻まれていく。



 空気が歪み、魔力が収束し、街全体が低く唸り始めた。


 ――まずい、と怪物が気づいた時には、すでに遅かった。


 天と地の境界が曖昧になり、

 巨大な光球が、街の中心に生まれる。



 白く、青く、そして眩しすぎるほどの光。



 次の瞬間――



 光球は膨張し、

 怪物も、炎も、瓦礫も、悲鳴も、

 すべてを飲み込んだ。


 世界は、白に塗り潰される。







 病院――外科病棟


 消毒薬と血の匂いが、重く混じり合っていた。


 遠くでは担架の車輪が軋み、医師や看護師の怒号が交錯する。



 つい先刻まで街を焼いていた大規模火災の余波は、病院の中にまで確実に及んでいた。




 その喧騒の只中を――



 長い髪の女が、音もなく歩いていた。



 否、正確には――歩いているように“見える”だけだ。



 左肩から先は、無残にも欠損している。



 背中と腹部には、深く抉られた傷。


 白い祭服は、もはや元の色を思い出せないほど血に染まり、ところどころ焦げていた。



 だが、誰一人として彼女を気に留めない。


 女は隠蔽の魔法を展開していた。


 視線も、意識も、存在そのものをずらす術。



 彼女は、物色する獣のように、病棟を彷徨っていた。



 ――ガン。



 壁に手をついた瞬間、力が抜ける。


「……くっ」


 苦痛に顔が歪む。


 視界が一瞬、暗転した。



(まずいな……)

 内心で、女は舌打ちする。


(力を使いすぎた……)

(この体……いつまで保つ?)


 失われた左腕の感覚は戻らない。

 

(早く……代わりを探さないと)


(魔導適正のある体……できれば、相性のいい器を)


 女は息を整えながら、一歩、また一歩と足を引きずる。


 病室の扉を通り過ぎては、首を振る。


 通り過ぎては、また振る。


 違う。


 違う。


 ――ここじゃない。



 やがて彼女は、歩みを止めた。


 目を閉じ、意識を研ぎ澄ます。


(……この病室に、いる)


 確かな感触。


 魔力の“歪み”。


 弱く、儚いが、確実に呼んでいる魂。


(だが……)

 一瞬、躊躇が胸をよぎる。



(契約するかどうか……)


 不安を振り切るように、女は扉に手をかけた。



 ――カチャリ。


 病室に足を踏み入れた、その瞬間。



「……君、誰?」


 か細い声が、静寂を裂いた。



「……っ」


 女は目を見開く。


「……お前」


「私が……視えるのか?」


 

 ベッドの上に横たわっていたのは、少女だった。


 口元には呼吸器。


 手足は包帯に覆われ、身体はほとんど動かない。



 片目には眼帯。



 それでも、その残された瞳は――異様なほど澄んでいた。



「ごほっ……ごほっ……」


 少女は苦しそうに咳き込みながらも、必死に言葉を紡ぐ。



「……もう、僕は……長くない」


「……わかるんだ」


 女は、何も言わずに見つめ返す。



「でも……このまま死ねない」


「……生きなきゃ、だめなんだ」


 震える指先が、シーツを掴む。


「生きて……生きて……」



 少女の視線が、女を真っ直ぐに捉えた。


「……悪魔、だよね」


 確信に満ちた声だった。



 女の口元が、わずかに歪む。


「……ほう」


 少女は、息を整え、最後の力を振り絞る。



「お願い……叶えてくれない?」


「……僕の願い」


 一拍の沈黙。


「……対価なら、ある」

 少女は、微笑んだ。


「僕の魂を……あげるから」




 その瞬間。


 病室の空気が、わずかに歪んだ。




最終話まであと数話です。


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