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第95話 ジョン・ウィック:ちいかわ

今日は、りりと過ごす日だった。


 特別な予定があるわけじゃない。ただ、会って、話して、同じ時間を過ごす。


 それだけで十分だと、一人は思っていた。



 ピンポーン。



「はーい」

 奥から返ってきた声に、一人はわずかに首をかしげる。


(……あれ? りりさんの声じゃない)


 ガチャリ、と玄関のドアが開く。



 そこに立っていたのは――




「ふふーん。驚いたでしょ!!」


 屈託のない笑顔。


 肩までの髪を揺らし、こちらを見上げるその姿。


「……亜紀ちゃん?」



「そ。ここ、一緒に住んでるんだよね」


 まるで秘密でもなんでもないように言ってのける。



 一人が固まっていると、奥から別の声がした。


「あっ、二人は知り合いなんだ」

 ソファの方を見ると、そこにはりりがいた。



 いつもの気だるげな雰囲気で、片手をひらりと振る。


「うん、あがって」

 促されるまま、部屋に足を踏み入れる。



 ――違和感は、すぐに分かった。



(……きれいだ)


 以前来たときの、あの“りりの部屋”とは明らかに違う。


 床に物は落ちていないし、テーブルの上も整理されている。


 生活感はあるのに、散らかっていない。


「……すごく、きれいになったね」



 思わずそう言うと、

「まあ、私、生活力ないからさ〜」


 りりはあっけらかんと笑った。


 それを聞いて、亜紀が胸を張る。


「そのへんは私の仕事です!」

 妙に誇らしげだ。




 ―夕食後―



 食事を終えたあと、三人は思い思いに時間を過ごしていた。


 一人は少し離れた場所で、スマホをいじりながら二人の様子を眺めている。



 りりと亜紀は、並んでソファに座り、芋焼酎のグラスを手にしていた。


 画面には、

 ちいさくて、かわいくて、どこか切ない“なにか”。


「……はちわれ、いいヤツすぎるよ〜」

 りりはグラスを傾けながら、ぼろぼろ泣いていた。



「うんうん……わかる……

 自分が一番貧乏なのに、みんなのために……」


 亜紀も目を赤くし、しみじみと頷く。


(……)

 一人は、なんとも言えない気持ちで二人を見た。



「……二人ともさ」

 声をかける。


「悪魔なんだよね?」

 二人が同時にこちらを見る。



「悪魔なのに、それでいいの?

 ほら、そういうの観て感動してさ」


 すると、りりは泣き顔のまま、ふっと笑った。



「君に教えてあげようか」

 グラスを置き、少しだけ真面目な声になる。


「“それは、それ。これは、これ”ってやつだよ」


「……そうなの?」


「そう。そんなもん」

 りりは肩をすくめる。



「一人だってさ、映画でクライム・アクション観るでしょ。

 たとえば……ジョン・ウィック・シリーズとか」


「観るね」


「主人公、めちゃくちゃ人殺すじゃない?」


「……うん」


「でも、嫌悪感とか覚える?」


 一人は少し考えてから答えた。


「それはないかな。

 むしろ……スカッとするね」


「でしょ?」

 りりは満足そうに頷く。


「それと一緒。

 それはそれ、これはこれ、ってだけ」


 今度は亜紀が口を開いた。


「そもそもね、現代社会って人口が多すぎるの。

 苦悩の数だけ、負の感情がある」


 亜紀は焼酎を一口飲んで続ける。


「だから、物語みたいに無理して魂から集めなくても、

 普通に生きてるだけで十分、負のエネルギーは集まるんだよ」


「……なるほど」


「大丈夫なんだよね、実際」



 さらに、りりが言葉を重ねる。

「資本主義社会、特に新自由主義ってさ、

 とにかく“自己責任”と“欲しい”でできてるでしょ」


 グラスを揺らしながら。


「相手のものを欲しがる。奪いたがる。

  過度な自由競争、格差、富と貧困、政治不安……」


 りりは淡々と語る。


「そういうので、勝手に魂とか負のエネルギーが集まる。

 もう、飽食だよ。

 ……正直、こんなに要らないよね」



「……そっか」


 一人は、妙に納得していた。



 その瞬間だった。



「あ……」


 一人が、ふらりと体を揺らす。


「……頭が……痛い……痛い……」


 両手で頭を押さえ、その場に膝をつく。


「え!? ちょ、ちょっと!」


 亜紀が慌てて駆け寄る。



「だ、大丈夫!?」



 りりも立ち上がろうとした、その――



 瞬間。


 世界が、ひっくり返った。


「あ、頭が……痛い……痛い……」

 一人は突然、両手で頭を押さえ、その場に崩れ落ちた。



 まるで、頭の内側から何かが暴れ出そうとしているかのように。



「ちょ、ちょっと!? だ、大丈夫!?」

 亜紀が慌てて駆け寄り、肩を支える。



 その瞬間――


 世界が、変わった。


 いや、正確には。


“世界”ではなく、一人の世界が、反転した。




「あっ……あれ?」


 一人は、ゆっくりと顔を上げる。


 視界が、妙に鮮明だった。



「……ここ、どこ?

 亜紀っ……!」


 驚きと不安が入り混じった声。



「……もしかして」


 亜紀は、一人の顔をじっと覗き込む。


「記憶、戻った?」


「え? いや……戻ったっていうか……

 なんだか、よくわからないけど……

 ここ、どこ?」



 一人が周囲を見回すと、

 そこには亜紀と――見覚えのない女性が立っていた。


 赤髪のボブカット。


 大人びた雰囲気。



「ここは、りりのマンションだよ」


 亜紀があっさり答える。


「えっ!?

 りりちゃんの家って、一戸建てだろ!?」


 思わず声が裏返る。


「ああ〜……」

 亜紀は、妙に納得したように頷いた。


「そこからなんだね」


「……え?」

 亜紀は一度、深呼吸してから言った。


「あのさ。

 驚かないで聞いてほしいんだけど――」


 そして、眼の前の赤髪の女性を指差す。


「ここ、別宇宙なんだ。

 で、こっちの“りり”は……この人」



「えーーーーーーーーー!!」

 叫び声が、部屋に響いた。




 ―30分後―


 混乱、説明、否定、混乱。


 それらを一通り経たあと、一人はソファに深く沈み込んでいた。


「……つまり」


 頭を抱えながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「“こっちの自分”と、“今の自分”が、

 交互に入れ替わってる……ってこと?」


「そういうこと」

 亜紀は頷く。


「だから、記憶が抜け落ちる。

 最近は、やっと統合が進んで、元に戻り始めてる感じかな」


「……」

 一人は、隣に座る赤髪の女性を見る。


「……いや、信じられないんだけど……

 ほんとに、りり“ちゃん”じゃなくて……」



 言葉を探しながら、

「……りり“さん”なんだよね。こっちは」



 女性は、にこりと微笑んだ。

「うん。はじめまして、だね」


 落ち着いた声。


「私が、『愛川りり』だよ。

 ……あ、でも」


 少し照れたように続ける。

「もう『家成りり』だけどね。

最近、結婚したから」



「……結婚!?」


「うん」


 りり――愛川りりは、スマホを取り出す。


「式も披露宴も、魔界だったよ。 ほら」


 画面に映るのは、異様なほど豪奢で、

 どこか禍々しく、しかし祝福に満ちた式の写真。



「……ほんとだ……」

 一人は、画面を見つめたまま呟く。


「いつの間に……

 いや、自分でもびっくりだよ……」


 亜紀は、淡々と追い打ちをかけた。


「それだけじゃないよ」


「……まだあるの?」


「うん。

 君、こっちの澪とも婚約してる」


「澪……?」


「会ってない?

 ボーイッシュで、青髪の子」


 その瞬間、何かが繋がった。


「あ……会った気がする……」

 記憶の奥を探るように。


「一緒にご飯食べて……

 そのあと、病院で……」



 そして――


 最後に、りりが、何気ない調子で言った。


「それとさ」


 一人が、顔を上げる。


「君――トカゲと結婚してるよ」


「……は?」


「君の“子供目当て”の」



 一瞬、部屋の空気が、完全に凍りついた。


「…………は?」


 その一言が、これから起こる惨劇の、始まりだった。




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