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第89話 Eye Hate U(1)

 深夜。


 一人は、魂が半分抜けたような足取りで自宅マンションの玄関前に立っていた。



「ただいま~……(もう寝たい……もう何もしたくない……)」


 ガチャ。


「……おかえり。  」

 玄関に現れた澪は、

 100%不機嫌の顔だった。


 眉がへの字、目つきは猫科猛獣級の圧。


(あ、ダメだ。今日の澪……絶対キレてるタイプだ……)


 一人が口を開いた。



「もう大変だっ――」


 言い終わる前に、その言葉が遮られた。



「……あっ。くさっ。


 ちょっと待って、一人、止まって。


 そこでストップ。」


「え?」


 澪が鼻をひくつかせる。


「なにこれ……

 めっちゃ爬虫類臭くない!?

 なんか湿った岩みたいな……え、なにこれ……


 トカゲ……? いや、イグアナ……? え、スッポン……?」


(いやいやいや、なんでそんなピンポイントな例えが出てくる!?

 てか“トカゲ臭”って何!?


 ……あ、絶対何かどこかから聞いてる……!)



 一人は心の中で叫ぶが、もちろん黙る。


 澪はそのまま奥にすっと下がり――


 無言でマスクを装着し、手にはゴミ袋。


 そして戻ってくる


(目が完全に“ガチ追及モード”のやつだ……!)


「はい、一人。


 いま着てるもの全部この袋に入れて。


 全部ね。


 靴も、パンツも、靴下も、シャツも。


 私に近づかないで。」



「え、いや、パンツも……?」


「なんでパンツだけ残そうとしてんの?

 パンツが一番臭いでしょ。入れて。」


「いやいやいや、そんな……えっ、マジで……?」


 澪はゴミ袋をガサッと広げ、一人の鼻先まで突きつけた。


「入れる。はい、早く。

 なんかもう……“爬虫類の交尾場”みたいな匂いする。」


 澪は鼻をつまんだまま続ける。



「一人さ……

 私、今日ずっと心配してたんだよ?


 帰ってきたら……なんか……


 爬虫類くさくなって帰ってくるし!!

 意味がわからないよ!!」


 声が少し震えている。

 怒ってるのに、

その奥に“嫉妬と不安”が溶け混ざっているのがわかる。



 一人は慌てて手を振った。


「ち、違うんだ澪! その、いろいろあって――」


「“いろいろ”ってなに!?

 “いろいろ”でこんなにトカゲ臭くなるの!?」


「いや……うん……(なるんだよ……) 」



「はぁー……もういいや。


 とりあえず、はい全部脱いで袋に入れて。


 そのままお風呂行って。


 石鹸は3回使ってね。


 トカゲ臭、落ちるかわかんないけど……!」


 鼻をつまんだまま振り返り、

 澪は一言残す。


 一人は肩を落とし、

 ゴミ袋を握りしめながら、

 風呂場へと消えていった――。




 熱い湯気がまだ肌に残るまま、一人はリビングに戻った。


 すでに澪が夕食を準備している。


 テーブルに並ぶのは、

 白米、味噌汁、魚の塩焼き、きんぴらごぼう――



“ごく普通で、どこか落ち着くはずの和食”。



 だが、空気は普通じゃなかった。


 めちゃくちゃ重い。


 澪の背中から**黒い霧がもわぁ…**と立ち昇っている。


「……いただきます」


 恐る恐る座る一人。


 その瞬間、澪がくるりと振り返り、妙に明るい声を出した。



「ねぇ、一人。


 知ってる? 僕ね、昔――弟がいたんだよ。」



「えっ?」


 突然の思い出話に戸惑う一人。



 澪は魚をつつきながら、遠くを見るように微笑む。



「弟はさ、僕のこと、**“一番だ”**って言ってくれたんだよね。


 本当に可愛い子だったよ。


 純粋で、素直で……僕だけを見てくれてて。」


(…あれ? なんか嫌な予感しかしないぞ?)


 澪は話を続ける。



「でもねぇ……どこ行っちゃったんだろうねぇ。


 僕のかわいい弟。


 昔のあの純粋な子。


 ねぇ、一人。君、知らない?」



 視線が、

 音もなく一人へ突き刺さった。


 まるで刃物。


 まるで“問い詰める系ホラー映画のラスボス”。


 一人が固まるのを見て、澪はため息をつく。


「今の僕の目の前にはさ――


 女と見れば食い散らかすクズが座ってるんだけどね。


 あぁ…どこに行っちゃったんだろうなぁ、僕の弟。」


 黙って箸を取る一人。


 しかしその前に置かれた皿を見て固まる。



「……え?」


 そこにあったのは――


 黒焦げのイモリの串焼き。


「……なんで?」


「君、トカゲ大好きなんでしょ?」


 澪が、笑わずに笑った。



「“トカゲのお嫁さん”まで貰うくらいだし。


 はい、大好物。


 精力もたくさん搾り取られたみたいだし、食べなよ?」



 目だけ笑ってない。


 全然笑ってない。


 一人の背中に

 見えない矢が無数に突き刺さった。



(やばい……


 食べても言われる、食べなくても言われるやつ……


 どっちに転んでも地獄じゃん!!!)


 澪はさらに畳みかけるように、

 味噌汁をすすりながらつぶやいた。



「あぁ〜。


 トカゲの家ではさぞ美味しいもの食べたんだろうね。


 ごめんね? うちは質素でねぇ。」


 耐えられず、一人は絞り出すように言った。



「……僕にとって一番は、澪だから。」


 だが。


 澪はわざとらしく耳をいじり、首をかしげた。



「え? ごめん、最近さ~


 ストレスのせいで耳が遠くなってね?


 聞こえなかったけど? いま何か言ったぁ?」



 耳を近づけてくる。


 距離近い。


 目が怖い。


「……澪が一番です!」


「うーん……なんか、遠くの方から聞こえるなぁ。


 気のせいかなぁ〜?」



 そう言うと澪はスマホを取り出し、

 録音アプリを起動。


「じゃあ、もう一回ね。


 ほら、どうぞ?」


 もはや観念した一人は叫んだ。



「澪が一番です!! 最愛です!!!」


「……なんかさぁ。 」


 澪が座り直し、じっと一人を見る。



「気持ち、こもってないよね?」


「こ、こもってます!」



「全然。

 え〜と……そうだね。


 もうちょっとロマンチックに?

 心が震えるように?


 “僕の魂は澪だけのものです”みたいな?」



 録音ボタンが押される。


「はい、どうぞ。


 テイク3。」


(あ、これまだ続くやつだ……


 本気で地獄だ……)


☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


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