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第88話 ゴールド・エクスペリエンス(2)

 ー深夜ー


 ルイーズと寝ている一人の肩を、そっとゆさゆさ揺らす影があった。


「ねぇ、ちょっと。話があるから……」


 エマだった。


 寝ぼけ眼の一人は、ルイーズに毛布をかけ直しながらついていく。



 夫婦の寝室に入り、ベッドに座らされると、エマは腕を組み、いかにも“母親モード”の真剣さで開口した。



「そろそろルイーズに家庭教師をつけようと思うの。12歳になったら帝都のドラゴニア帝国学園に入れたいのよ」



「ええーーーっ。この辺の学校じゃだめなの?」


 一人が情けない声を上げる。



「子供には最高の教育を受けさせたいのよ。私は家業でほとんど学校に行けなかったから……」


 エマがほんの少しだけ寂しそうに笑った。



「なら、いいんじゃないかな」


 一人が頭をかくと、エマは満足げに頷き——


「でね。学費がとんでもなく高いのよ」


「そうなんだ。なんとかお金は集めるけど……」と一人。


 しかしエマがすぐに眉を寄せた。



「なるべく借りは作りたくないの。縁談とか持ち込まれるのも面倒だし……あの子、能力が高いから狙ってる貴族も多いし」


 一人は、帝国学園の環境を思い浮かべ、ふむふむと頷いた。


 親として、ベストを選ぼうとしてるのは充分伝わっている。


「もっと自由に生きてほしいのよ。贅沢かもしれないけど……」


「うん。わかった、僕も頑張るよ」



「そう言ってくれると思ったわ」



 エマがふっと微笑んだ——次の瞬間、目がギラリ。


「でね、単刀直入に言うわ。

 『あんたの子種よこして』」



「ええええええええええっ!? なんでそうなるの!?」


 寝不足の頭に、まさかのワードが飛び込んできた。



 胸を張るエマ。


「あんたの子が授かると、国から報奨金と年金が出るのよ。それで教育費を稼ぐわ。協力なさい」


「僕、種馬なの!?」


「はいはい文句はあと。御託はいいからズボン脱いで、横になりなさい。あんたに出来ることって、おっ勃てて、私の中に子種をぶちまけることだけだから。」


 エマは指をぐっと立ててベッドをぽんぽん叩く。


「いやいや、その言い方なんとかして!? もっとムードっていうか……」


「今更ムードなんて要る? あんたの仕事は“頑張る”だけでしょ?


 どうせ他所で無駄打ちしてるんだから、家のために有効活用よ、有効活用!」



「その言い方はひどくない!? 僕、愛されてるよね!?」


「愛してるわよ? “私に富と安定を運んでくれるあなた”を。

 でも、子供はもっと愛してるの」


 にっこり笑っているが、目だけ全く笑っていない。


 エマは腕をまくり、一人にじり寄る。


「さ、観念して。アイリアノス家の次期当主も産まなきゃいけないし、実家にも頼まれてるのよ」


「ちょ、ちょっと待ってっ……! 男にも心の準備ってものが……!」


「いいからズボンおろしなさいよ。全部 私がやったげるから。あんたは、ギンギンにして天井の染み数えてりゃいいんだから! 」


 ずり、ずり。


 すでに一人の腰からズボンが半分降ろされかけていた。


「エマ、本当に落ち着いて!? 冷静に話し合おうよ!?」


「冷静よ。めちゃくちゃ冷静よ。ほらじっとして……」



 ――その時。


 

 バタン。


 寝室のドアが開いた。


「起きたらパパいないんだもん、ママと何してるの?」


 ルイーズが、眠そうな目をこすりながら立っていた。


 固まる一人。


 固まるエマ。


 半ケツの父。


「え、えぇ、その……パ、パパとママね? えっと……その……」


 エマの顔が引きつる。


「そうっ! 相撲とってたのよ! うん! ママの勝ち! ドーン!」


 と、とりあえず四股を踏むポーズをするエマ。



「???」

 娘の頭の上に、大きな疑問符が浮かぶ。


 ルイーズは気にせず一人に抱きついた。


「パパ、いっしょに寝よ」


 ぎゅっ。

「あ、あぁ……うん……もちろん」


 ふらふらとルイーズの部屋へ戻っていく一人。




 その背中に——


「……後で戻ってこいよ」


 エマの冷たい低音が、氷のように突き刺さる。


 一人はそっと扉を閉めながら、心の中で泣いた。



 そして数ヶ月後。

 エマの計算と努力(と一人の苦労)の結果、

 家成家に男の子が誕生する。



 その子こそ——「ユーゴ」



 後に“帝国最強の暗殺者” “ブギーマン“と呼ばれ、

 アウレリアとエマを毎日胃痛と脱毛へ追い込む、

 超トラブルメーカーの誕生である。


 これは、ドラゴニュート帝国の黄金期をつくる

“とびきり騒がしい前日譚”にすぎなかった。




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