第85話 わたしの幸せな結婚?!(2)
時は——永遠との話し合いに遡る
ドラゴニア別邸・応接室
重厚な扉が締まり、絨毯を踏む音すら吸い込まれるような静けさの中。
アウレリア・ドラゴニアは、 対面に座る少女――いや、“異質な存在”を真正面から見据えていた。
黒髪の少女、永遠。
その瞳は笑みの奥に、獣が牙を隠しているような光を宿している。
「なるほど……彼の中に“高位存在”がいるのね。」
アウレリアの声音は落ち着いているが、その奥に欲望がきらりと光る。
「なら、ますます彼が欲しいわ。こうなると、もう“個人的な興味”では済まされないわね。」
永遠はふん、と横を向く。
「飼い慣らせればの話よ。……」
話したくなさそうに、わざと肩をすくめてみせる。
「でも、しばらくは“家成一人”として生きるんでしょ。
しかも意識は転生体と同化するはず……」
アウレリアは顎に手を当てて、観察者の目で続けた。
永遠の表情が一瞬だけ険しくなる。
さすがに図星らしい。
「さっきも言ったけど、月に2〜3日——
万全な状態で貸してほしいわ。
……意味は、わかるわよね?」
永遠は舌打ちこそしないが、露骨に眉をひそめる。
「……あんたみたいなやつに任せたくないんだけどね。」
永遠はゆっくりと姿勢を正し、アウレリアを真っ直ぐ見返す。
「なら、私の条件も聞きなさい。」
「いいわ、言ってみなさい。」
「私が欲しい情報を随時提供できる体制。
それと――ドラゴニア帝国内への出入りを自由にすること。
いざという時は、そっちに逃げ込むから。」
数秒。
アウレリアの紫紺の瞳が永遠を見つめる。
そして、たやすく頷く。
「いいわ。それくらいならお安い御用よ。」
その余裕に、永遠は眉をひそめる。
「それとね——他の2人にも了承取っておいて。」
アウレリアはさらりと言う。
永遠はイラッとした様子で返す。
「いいわ。でも、“現地妻”……つまりこっちの国の女は、
ドラゴニア国外には出さないこと。
もうこれ以上女増やしてほしくないわね。」
やや怒気を帯びた声。
アウレリアは涼しい顔で笑う。
「ええ、たまには私も“楽しませてもらう”けど……いいわよね?」
「好きにしなさいよ。もう……」
永遠は額を押さえた。
そしてアウレリアは、テーブルの上に分厚い冊子を滑らせる。
「それと、いろいろ準備があるから——」
永遠が冊子を手に取る。
アウレリアが笑った。
「明日から2〜3日、一人くんを借りるわね。
その代わり、あなたの欲しい情報、全部あげるわ。」
永遠がページを開く。
そこには、閲覧制限付きの機密情報の山。
永遠の表情がわずかに揺れる。
「……いいわ。仕方ないわね。ここまで掴んでるなら。
どうせ、そっちでも“地固め”するつもりなんでしょ。」
冊子を閉じ、永遠は立ち上がる。
「3日しか待たないわよ。」
「ふふ……交渉成立ね。」
2人は笑った。
どちらも、まるで“毒入りの杯”をかわした後のように。
こうして、
――静かで、しかし最悪に危険な取引は成立した。
次の日──ドラゴニア別邸・応接室
朝の光がステンドグラスを透かし、床に淡い金色の模様を落としていた。
しかし、その柔らかな光とは裏腹に、この部屋の空気は妙に重い。
エマは呼び出しを受け、緊張を隠しながらアウレリアの前に立った。
「お呼びですか?」
「ええ。まあ、座って。」
アウレリアの指先が、ゴージャスなソファーを軽く叩く。
促されるままに座るエマの内心は、ドキドキどころではない。
アウレリアが“笑っている時”ほど危険な瞬間はないからだ。
「あなたにね、縁談があるの。」
エマのまばたきが止まる。
アウレリアは優雅に続けた。
「もし受けてくれたら――
あなたの家の借金、全部肩代わりするわ。
ついでに、家の名誉回復もね。」
エマの目がきらっと光る。
しかしアウレリアは指を一本立てた。
「……ただし、条件があるの。」
「私に断る理由はありませんが……条件とは?」
アウレリアは微笑んだ。
優しい微笑み。
……だがその裏側は、刃のように冷たい。
「なるべく、たくさんの子供を産むこと。
それと、何人かは当家で養子に迎えるわ。
あなたのお父様には、すでに了承をいただいているの。」
エマの唇が震えた。
「は、はい……私に拒否権ありませんので……
で、でも、その……お相手は?」
アウレリアはさらりと言い放った。
「一人よ。
彼の子供を、出来るだけたくさん産んでほしいの。
できるわよね?」
「えーーーーーーあいつですか!?
なんで!! なんでよりによって!!」
思わず素の叫びが出た。
アウレリアは懐から、小さく封印された瓶を取り出す。
中には、黒色にきらめく一本の髪。
「いい? これを昨日、うちのお抱えの魔道士に鑑定してもらったの。
その結果――少なく見積もっても通常の千倍以上の魔力があるそうよ。」
エマは沈黙。
アウレリアは身を乗り出す。
「もうこれは、私個人の趣味の問題じゃない。
これを取り込みさえすれば、帝国の覇権すら夢じゃない。
子供が産まれなくても、彼がこちらに敵対しないだけでも価値がある。」
そして決定的な一言。
「もう主人とも話を通してあるし、帝国の意思でもあるわ。」
目を見開くエマに、アウレリアは畳みかける。
「いい? これはあなたにとってもビッグチャンスなのよ。」
エマは立ち上がり、ぐっと拳を握った。
「ええ、やります。やりますよー!
乗ります、このビッグウェーーーブに!!」
(くっ……ハイリスク? 上等よ。
うまくいけば、次期皇帝の生母……!なんぼでも産んでやるわ……!!)
内心は真っ黒で、野心満々である。
アウレリアは慈母のように微笑んだ。
「でも、たまには一人、貸してね?」
(……まあ、エマには悪いけど、
“何かあったら”切り捨てるわ。ごめんなさいね?)
こちらも当然、真っ黒であった。
「ふふふふふ……」
「ほほほほほ……」
まるで魔界の扉が開いたかのような、
腹の底から響く黒い笑い声が応接室に広がる。
使用人たちは、その音を聞いた瞬間、
“絶対に近づいてはならない”と悟り、廊下から姿を消した。
――こうして、
一人を巡る“腹黒女たちの政略ゲーム”が正式に幕を開けた。
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