表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

241/263

第82話 マンション攻防

アウレリアの専属メイド・エマは、

 静まり返ったマンションのリビングでひとりソファに腰掛けていた。


 何度も時計へ向き——ため息を落とす。

「さて。鬼が出るか、蛇が出るか……」


 細い指で眼鏡を押し上げる。


「どうせ碌なモノじゃないわね。生きて帰れるといいけど……」


 その声音は冗談めいていたが、

 エマの瞳はどこまでも真剣だった。


 空気が張り詰めていた。




 夜も更けた頃——



「ただいま〜」

 玄関のドアが軽やかに開いた。

 

 その声は、澄んで、明るく、少女らしい。



 だが——


 エマの背筋が、凍りついた。


(……なに、これ)


 暗殺者として幾万の殺気を潜り抜けてきた彼女の直感が、

 瞬時に“異常”を告げていた。



 そこに立つのは少女の影。


 その影から漏れ出す“圧”が常軌を逸している。


 禍々しさ。


 異質な重圧。


 魂ごと叩き潰されるような威圧。


(まずい……これ、まずい……!)




 その刹那——


 パチンッ


 居間の電気が落ちた。


 闇がマンションを呑み込み、



 次の瞬間には——


 火花が散る。


 キィンッ! キィンッ!!


 永遠のナイフとエマのククリナイフが、

 闇の中で何度も重なり火花を走らせる。



 ソファが宙に浮いた。


 投げられたのだと悟るより早く、エマは身体を回転させてかわす。



 だが、永遠の影がすでに背後に回っていた。


 冷たい刃が、エマの喉元へ。


 ぴたり、と。


 闇に溶けるようにして立つ少女。


 その片目だけが、灯りのない部屋で“ぎらり”と光る。



 そこには——


 ただの殺意ではなかった。



 “存在そのものが禍々しい”としか言いようのない何か。


「誰…あなた」と声が



 暗殺者として育った彼女が——震えていた。


(マズい……マズい……マズい……!!

 異質すぎる……この殺気……何者なの……!?)


 喉が乾き、呼吸が乱れ、過呼吸になりそうになる。



 死が、首筋に触れていた。


「落ち着いてください……わ、私は……エマと申します……」


「ふーん。で、一人は?」


 ナイフが一段階深く入り、血が一滴つたう。


「か、一人さんは……当家で保護しています……」


「どこ?」


 その声は甘くない。


 低く響く、氷点下の声。


 そこに感情はなかった。


 ただの“要求”。


 従わせるための威圧。


 エマは即答した。


「ご案内します……主人がお話したいとのことで……」



 一拍。


 闇の中で、永遠がナイフを離した。


「ん。いいわ。」



 その瞬間——


 ぱっ、と部屋の灯りが戻る。


 直後、光に照らされた少女は——


 先ほどとは別人のような可憐な微笑みを浮かべていた。


 雪のような白い肌。


 無垢な表情。


 黒髪の柔らかな揺れ。


 まるで殺し合いをしていたのが嘘のように。


「で?あなたの主人ってどんな人?」


 小首を傾げ、にこり、と天使のような笑み。



 だが。


 その奥底に潜む“闇”は、エマには見えてしまっていた。


(切り替えが速すぎる……!

 この気配……躊躇のなさ……技量……

 私の師匠と同じ……いや、それ以上……)


(これ……龍の尾を踏んだってレベルじゃない……)


 エマは、生きている心地がしなかった。





 ドラコニア別邸 —



 豪奢なシャンデリアが天井で揺れ、翡翠色の光が居間の絨毯に反射していた。


 その中央に置かれたテーブルを挟んで——


 永遠はゆったりと腰掛け、対面にはアウレリア。


 彼女の後ろには、控えるようにしてエマの姿があった。


 エマは一歩の隙も見せない。


 さっきの“殺気の応酬”が嘘のように、永遠は軽く脚を組み、柔らかな笑みを浮かべる。



 その落差に、アウレリアはまず驚いた。


「一人を助けてもらって、ありがとうございます。」


 永遠の声音は、まるで社交界の令嬢そのもの。


(……今しがた、うちのメイドの喉を掻き切ろうとしていた子と同じ?

 全く同じ顔と声なのに……纏ってる空気が別物……)



 アウレリアは一瞬だけ背筋を正した。


「エマが失礼しました。代わりにお詫びいたしますわ。一人君は今、別室におりますの。」



「急に知らない人がいたので、こちらも慌てて……不躾な対応をしてしまいました。」

 永遠は小さく頭を下げた。驚くほど丁寧に。


「……あの子、ちょっと目を離すと……すぐトラブルを起こすから、心配で。」



 アウレリアは頷き、紅茶を一口含む。


「ええ。あのマンション、襲ってきた連中にバレてますもの。

 帰すわけにもいかず、このまま保護していましたわ。」



 そこでアウレリアは、じっと永遠を見つめた。


「失礼ながら……あなた、アドラステイア嬢ではなくて? アンブロージア家の?」



 永遠は目を瞬かせ、軽く肩をすくめた。


「そうです。前の体が使えなくなって……今の身体に。」



 その言い方があまりに軽くて、アウレリアは思わず苦笑する。


「ふ〜ん。何度か社交界でお会いしたことがあるんですけど……

 私を覚えてない、とは?」


「どうでしょうね。勘当状態なもので。」


 アウレリアは片眉をあげた。


 その表情は、次の言葉への布石だった。

「そう。で——あなた、何者なの?」




☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。


今後もよろしくお願いします!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ