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第24話 翌朝、リフレインする声

 隣で寝息を立てる一人を見つめながら、澪は布団の中で小さく身じろぎした。

 脳裏に、昨夜のやり取りがありありと甦る。


 ――あの告白。


 驚異的な記憶力が、彼女に容赦なくリプレイを突きつけてきた。



「僕の知ってる澪さんは、いつも自信満々で、自分ファースト、そして迷いなしです。本音を話してくれる澪さんも素敵ですけど。僕はいつもの澪さんが、好きです。もちろん女性としてです。」



「んっ……」

 澪は思わず顔を赤らめ、布団の中で足をばたつかせた。


 ――もう一度。

「澪さんが、好きです。もちろん女性としてです。」


 さらにもう一度。

「澪さんが、好きです。もちろん女性としてです。」



「……っ」

 枕を抱きしめ、顔を埋める。心臓がドクドク暴れて止まらない。



『そんなお前が好き、大好き』

 ――昨夜、自分がそう返したことまで、頭の中でリフレインする。



「これ……告白だよな。しかも一人からの告白。相思相愛。もう恋人確定、運命の人は……こいつだったんだ」

 独り言が止まらない。頬は熱を帯び、口元はにやけっぱなしだ。

(不死になったのも、この世界に来たのも、全部……この男に会うため。そういうことなんだ!)



 横で眠る一人に飛びつき、口づけをしたい衝動を必死に抑える。

「……起こしちゃ悪いよね。ご飯でも作ろう。恋人っぽいし。いや、もう恋人だし!」



 顔のニヤニヤは止まらないまま、澪は布団を抜け出した。




 朝食の食卓


「いただきます」

 テーブルに並んだのはパンと目玉焼き、ヨーグルトに紅茶。シンプルだが、澪の手料理だ。


 昨夜のことがちらついて、お互い赤面気味。

 沈黙が気まずい。箸ならぬフォークの動きもぎこちない。


「……和食のほうがよかった?かな」

 澪が恐る恐る問いかける。


「いえ……どっちでも……大丈夫です……」

 一人も声が小さい。


 意を決して、澪はパンをちぎりながら切り出した。

「そのさ……昨日のことだけど……あれ、告白だよな」



「うんっ?」


「もう、照れ隠しするなよ〜」


 顔を真っ赤にしながら、澪は彼の言葉をそのまま口にする。

【澪さんが、好きです。もちろん女性としてです。】

「てっ……」



「……あっ……はい……」

(……気持ちは本当だ。でも、ちょっと流されて言った部分もあって……恋人って意味で言ったわけじゃ……)


「じゃあさ……もう私たち……恋人、だよな」


「えっ……」

 空気が一瞬で変わった。


 澪の声が、妙に冷たく響く。瞳の奥に、殺気めいた光が宿る。

「……あれ、まさか……その場の雰囲気で言ったとかじゃないよな。本心、だよな?

 お前、私の気持ちを弄ぶようなこと、言わないよな」



「い、いえ……そんなことは……本心です」

 必死に否定すると、澪の顔に一気に笑みが戻った。


 ニコニコと輝くような笑顔。

「あぁ〜よかった〜。安心した! なら、もう恋人だな!」


 紅茶を口に含み、嬉しそうに頬を染める。

「今から二人のときはタメ口で頼むよ。それと……私のことは“澪”って呼び捨てにして。敬語だと他人行儀で距離を感じるから。……もう将来を誓い合った二人なんだから」



「はい……じゃなくて……うん、わかったよ、澪」

(……まずい。まずい! もう恋人どころか、婚約者に格上げされてる! これ永遠にバレたら……殺される……!)



 パンを噛みながら、一人は心の中で悲鳴を上げるのだった。


 ――土曜の昼下がり。


 朝食を終えてから、僕と澪はソファに並んで腰を落ち着けていた。


 けれど「並んで」というよりは「密着している」と言ったほうが正しい。澪は僕の腕にぴったり絡みつき、さらには肩に頭を預けている。豊かな胸の感触が、完全にわざとらしく押し付けられていた。

(……近い。近すぎる。いや、これはもう、物理的に逃げ場ないだろ)


「なぁ、一つ聞いていい?」


「ん〜? なに」


「……あいつの家で、なにしたんだ?」

 唐突な追及。問い詰める澪の声音には、隠しようのない嫉妬がにじんでいた。


「えっと……お互いのお勧めの映画を三本ずつ出し合って過ごしてまし、たよ……」


「ふ〜ん。……まぁ、いいけど」

 言葉とは裏腹に、さらに腕に絡む力が強くなる。


「だったらさ、私達もやろ。お勧め映画を出して観るの」


「いいけど……でも、マウントの取り合いとか趣味じゃないよね」


「だからテーマは決めないで、お互い好きなものを選ぼ?」


「了解」


 にやり、と澪が唇を吊り上げる。

「じゃあ、私から。――これ、彼氏と観たかったんだよね」

 モニターには、【La La Land】。


「ゴリゴリの恋愛映画……いや、面白いけどさ……」

(今の僕にこれは重いよ……)



 流れを壊さぬよう、僕は返す。

「じゃあ僕からは……『君の膵臓をたべたい』」


「おお〜、いいねそれ。泣けるやつじゃん」


 やがて、ソファに座る僕の膝に澪が頭を預けてくる。枕代わり。甘えるような体重のかけ方に、心臓が跳ねた。

「う〜ん……私専用の膝枕、悪くないね〜」


「いや、普通の膝なんだけど」


「いいの! 今日からこれは、私の専用ね」

(いやいやいや、さりげなく既成事実積み上げてるし!)



 ***



 午後、映画を二本見終えた頃。澪が思い出したように言う。


「そろそろさ、夕飯の買い出し行かない?」


「行こうか」


 当然のように手を繋ぎ、しかも指を絡める“恋人繋ぎ”。スーパーまで歩く道のりが、どう見ても同棲カップルにしか見えなかった。


「夕飯は〜……たこ焼きパーティーしよ! 実はね、たこ焼き器あるんだ〜」


「いいね。タコだけじゃなくて、チーズとかコーンとか入れてみようよ」


「え、ちょっと待って。一人暮らしでたこ焼き器って……もしかして、一人たこパしたの?」


「するか! 誰かにもらっただけ! 全然使う機会なかったの!」


「ふふふっ」


 くだらないやり取りが、やけに楽しい。スーパーの通路で笑い合う二人――その光景は、澪にとって、「ありふれた日常」であり、だからこそ眩しくて仕方がなかった。


 帰宅してからは、二人で熱々のたこ焼きをつつき、ソースまみれの口元を指で拭って笑い合う。舌を火傷して「熱っ!」と叫ぶ僕を見て、澪は涙を浮かべるほど笑った。

(……あぁ。この時間を永遠に閉じ込めてしまえたらいいのに)


 夕食のあとは再び映画。何気ない日常――だが澪にとっては、永遠を誓ってもいいほど大切な時間だった。



 ***



 夜。


「今日は楽しかった。またたこパしようね」


「うん、次は気を付ける。舌は守るよ」


「ふふふ」

 浴室で、背中を僕に預ける澪。振り向いて、軽く唇を触れ合わせる。驚く僕に、囁いた。


「もう絶対、離さないから。覚悟してね。いずれ“あいつ”からも解放してあげる」


「う、うん……」

 その声に込められた熱量を、冗談にすることはできなかった。



 ***



 深夜。


 ベッドの上。


 僕はすやすやと眠っている――正確には、魔法で眠らされていた。

 その寝顔を見つめ、澪は小さく息を吐く。


「で……話って、何? モルガディア」

 部屋の闇が揺らぎ、姿を現す。

 赤い髪を揺らす女――イゾルデ・タナトス。澪の盟友にして、古き契約を交わした魔女。


 日常と非日常が交錯する、危うい夜が幕を開けていた。


 ――そして、物語はさらに深く絡み合っていく。


☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。

次回の更新は、9月9日 23時です。

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