第79話 マダム ドラゴニア(3)
アウレリアとエマに半ば引かれるようにして、
一人は夜の国でも指折りに高級と名高いレストランへ足を踏み入れた。
重厚な扉が開き、香り高い肉の匂いと、
静かで上品なざわめきが流れ込んでくる。
店内の客は、やはり女性ばかり。
しかも高そうな服ばかりで、一人はすぐに場違いさを感じて肩をすぼめた。
「こ、こんなところ……僕、来たことなくて……」
不安げにそう言うと——
アウレリアは扇のように手を広げ、軽やかに笑った。
「ふふ。あなた、ほんとに擦れてないのね。
可愛くて、守ってあげたくなるわ。
ここは私に任せなさい。見栄くらい張らせてちょうだい。」
エマもくすりと微笑む。
「控えめでいいじゃないですか。
こういう商売っ気のない子、夜の国じゃ珍しいですよ。」
周囲の視線が、一人に吸い寄せられる。
「見て、黒髪黒目の子よ。」
「可愛いわね……眷属かしら。」
「ドラゴニュートの奥様? センスいいじゃない。」
それらの声を聞きながら、アウレリアはご満悦に微笑んだ。
(ああ、この感じ……。いいわね。
**“あの奥様、珍しい雄を連れてる”**って視線。
レストランくらいで安いものだわ。)
個室に通されると、静かな空間に上品な照明が揺れた。
料理が次々並び、まるで貴族の晩餐のようだ。
一人は姿勢を正し、自然とナイフとフォークを使いこなしていた。
「まあ……」
アウレリアは息を弾ませた。
「**テーブルマナーも知っているの?**お利口だわね、あなた。」
「ええ……姉が厳しくて。
行儀だけはちゃんとしろって。」
「ふーん……お姉さん、ね。」
アウレリアの瞳が少し興味深げに細められる。
料理の香りが満ちる中、アウレリアはワインを飲みながら質問を続けた。
「それで……なんで夜に一人で出歩いたの?」
「えっと……僕の、その……主人が。
2〜3日、出かけてしまって……」
「ふぅん……」
アウレリアは、そこだけ不思議と艶っぽい微笑みを浮かべる。
「じゃあ——あと2日は、フリーってことね?」
(一人:しまった!!)
心の中で叫んだが、口が動くよりも早く、アウレリアは確信したように笑った。
「どうせなら、一緒に遊ばない?
私たちは無理強いはしないわ。
でも、あなたと過ごす夜はきっと楽しいと思うの。」
「え……ええ……」
(助けてもらったし、断れない……)
エマは穏やかにフォローする。
「帰りたくなったら言ってくださいね。
奥様は引きずり込んだりしませんから。」
「じゃあ、決まりね。」
アウレリアは満足げに微笑んだ。
「さあ……まずはゆっくり食べて。
今夜は長いんですもの。」
その声は、
まるで一人を甘い夜会へ誘うようだった。
温かい料理、芳醇な香り、柔らかな灯り。
そして、美しいドラゴニュートの貴婦人の視線。
こうして一人は知らないうちに——
夜の国の、もうひとつの甘美な渦へと引き込まれていくのだった。
ホテルの一室
柔らかい照明に照らされた広すぎるベッド。
カーテンの隙間から夜の国の街灯りが流れ込み、
その光が——黒いランジェリー姿のアウレリアの肌に沿って滑った。
青い髪をほどいた彼女は、息を整えながらそっと一人の上に跨った。
その瞳は、貴婦人としての気品を失わないまま、どこか火照った光を帯びている。
(だ、だめよアウレリア。平常心、平常心……
でも……こんなチャンス、逃せるわけ……ないじゃない……)
見た目は優雅、内心は大混乱。
そんなギャップを抱えたまま、アウレリアはそっと指を伸ばし、一人の頬をなぞった。
その瞳は、今までの貴婦人らしい気品とは違う。
どこか獣じみた、熱を帯びた艶。
「ふふ……あなたとは、こうなると思ってたのよ。」
吐息混じりの声。
細い指先が一人の頬を優しくなぞる。
「ア、アウレリアさん……こんなの、だめですよ。
知り合ったばかりの男に……そんなことしちゃ……
だ、騙されちゃいますよ……」
弱々しい抵抗。
その震えが、逆にアウレリアの理性を揺らした。
顔を真っ赤にして視線を泳がせる彼。
手は胸の前で固まり、どうしていいかわからず戸惑っている。
その“初々しさ”が、アウレリアの胸の奥をくすぐった。
(うわあああああっ
かわいい……かわいすぎる……!こんなの反則よ……!)
「騙されてここにいるのは——
あなたのほうじゃないかしら?」
青い髪をかき上げ、彼の胸元に頬を寄せる。
一人は顔を真っ赤にして横を向いた。
「ぼ、僕……その……
あまり経験もなくて……」
その言い方が妙に幼い。
視線は泳ぎ、手は落ち着かず、しかし拒む力は弱い。
そんな“初めての少年”の仕草に、
アウレリアの喉から熱い吐息が漏れた。
「ああ……たまらないわ……。
今だけでいい……私のものになりなさい。」
その瞬間——
アウレリアは一人の唇に、そっと口づけた。
軽く触れるだけのはずが、
彼が小さく息を呑んだことで、
そのキスは一気に深くなる。
ふたりの影がゆっくり重なり、
ランジェリーの黒が、白いシーツに落ちていく。
やがて——
窓から漏れる灯りが揺れ、
ベッドの軋む気配が夜の中に沈んだ。
夜は、長く、甘く、静かに更けていった。
ー数時間前(レストランを出たあと)ー
「じゃあ、もう一軒行きましょうか。」
アウレリアが楽しげに言う。
「落ち着いたバーがいいですね。」とエマ。
「一人くんも飲めるでしょ?」
「は、はい。」
バーは静かで、重厚な木の香りが漂っている。
3人のグラスが軽く触れ合う。
「かんぱーい。」
琥珀色のウイスキーが喉を通ると、
一人は頬を赤らめながら微笑んだ。
「今日は……ありがとうございます。
おかげで、とても楽しい夜です。」
アウレリアはグラス越しに彼を見つめ、艶めく声を零す。
「ふふ……一人ってほんと謙虚。
その初々しさ……癖になるわ。」
周りの女性客の声が、彼女の耳に届く。
「黒髪の男、囲ってるんだ……」
「いいなぁ。あの子、絶対擦れてない。」
「どこで捕まえたんだろ……」
その噂に、アウレリアの背筋がぞくりと震える。
(見なさい……この子は“私の連れ”よ。)
エマもニヤニヤしながら言う。
「一人、この際だから奥様のものになりなよ。
あんたのご主人には私が話つけてあげる。」
「そ、その……助けてもらってこんな事言うのもなんですが……
いろいろお世話になってるので……」
「ふふっ」
アウレリアは目を細めた。
「控えめで、まっすぐで……。
そういう子ほど、欲しくなっちゃうのよね。」
談笑は続き——
気づけば一人は、テーブルに突っ伏して眠っていた。
エマが小声で囁く。
「奥様……これはチャンスです。“お持ち帰り”ですよ。」
アウレリアはもう理性が溶けきったような目で、一人を見つめた。
「ええ……ええ、そうよ。
これは……きっと龍神様が私に与えた贈り物なの。」
口角がゆっくり上がる。
鼻息すら荒くなるほど、昂っている。
「今夜は……楽しくなりそうね……。」
そして——
3人はホテルへ向かった。
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