閑話 青い鱗の貴婦人
ここは魔界の歓楽街——通称「夜の国」。
ネオンの光が妖しく揺れ、通りには色気を売る男娼たちが優雅に群れている。
そんな中で——
ひときわ浮いている二人組がいた。
ひとりは青い長髪を結い、どこからどう見ても
**「純朴な田舎から出てきた貴族夫人」**そのまま。
ふくよかな体つきに、艶のある高級ドレス、
そして緊張でまんまるになった瞳。
下まつ毛の影が柔らかい色気を帯びた垂れ目、
そして口角の横にある小さなホクロが妙に印象に残る。
見た目は20代後半……いや頑張っても30代前半にしか見えない。
しかし齢実年齢は軽く五百を超え、
ドラゴニュート特有の長寿と若々しい外見を持つ。
だが、その腰の後ろから覗く美しい紺色の尾が、
彼女がドラゴニュートであることをしっかり物語っている。
そしてもう一人——
ブラウンの髪と瞳、端正な顔に妖艶な横長メガネ。
完璧なメイド服で身を包むエマ。
こちらもドラゴニュート。
しかし、表情は優雅そのもの。
……いや、優雅さの中にちょっと黒さがある。
「エ、エマ……! 男、男を買うだなんて……!
わ、わたくし、夫ともほとんど……その……経験が……!」
アウレリア夫人は、両手を胸の前で縮こまらせながら震えていた。
「奥様。そんなに萎縮なさっては、
**“田舎から出てきた純粋貴婦人”**と丸わかりでございますよ?」
「うう……っ」
(いや実際、田舎の領地から初めて夜の国に来たんだけど……!)
と、本人は心の中で涙を流す。
「そもそも奥様、よく子供つくれましたね?」
「ちょ、ちょっと!? そこはデリケートな話題よ!?」
「でも事実でしょう?ご長男が当主になりましたし 、旦那様は好き放題しておられますから…奥様も…いいかと…
貴族の妻としての役目は果たしたのです。
これからが奥様の青春!」
エマは両手を祈るように合わせながら、
なぜか目をキラキラ輝かせている。
「青春……!」
アウレリアはその言葉の甘美さに少し揺れた。
「で、でも……もう十分見学したし……
か、帰りましょうか、エマ!」
スタコラサッサと方向転換しようとした瞬間——
「奥様。
ここまで来て帰るなんて——ありえません。」
ぴたり、と肩を掴まれる。
「えっ。」
「ヘタれたらダメでございますよ。
まずは楽しくトークしてから……
一夜のアバンチュールってやつですよ。」
「ア、アバン……ちゅ、る……?」
「ふふふふふ……
奥様を “イケメン食い放題コース” にお連れします。」
「く、くいほうだい!?
い、イケメン……っ!!」
アウレリアの頬がボフッと赤く染まり、
目がぐるぐる回りはじめる。
「奥様が緊張なさるなら、
3Pでも4PでもOK でございますよ。
私が参加してもいいですし、
奥様だけで複数相手も……」
「さ、さんぴー……!? よよよ……四……!?
そ、そんな本でしか見たことない世界……!」
「ここは魔界一の歓楽街でございます。
コスプレもできますよ。」
「こ、コスプレまで……!!」
「ここ魔界ですから。」
エマの笑顔はどんどん黒くなる。
「わ、私はただ……その……
“男の人が働いている街を見学したいだけ” だったのに……」
足がガクガクしている。
「とりあえず——
ホストクラブから行きましょうか!」
「え゛っ!?
ホホホホ……ホストくらぶ!?
そんな急に……だ、騙されて……
ど、どこかに売られたり……!」
「奥様。
ここ“夜の国”はマフィアが管理しているので逆に安全なんですよ?」
だが——
エマのキラキラした目を見た瞬間。
アウレリアは拳を作った。
「エマ。
あなたに付き添ってもらったお礼の意味も込めて……
行くわ!! 一緒に!」
「はい! ご相伴に預かります!」
エマのウキウキが止まらない。
こうして——
田舎育ちの貴婦人と、悪魔的メイドの夜遊びが幕を開ける。
男娼の通りに、魔界特有の甘く妖しい香りが漂う。
その真っ只中で、アウレリア夫人は
「ホストクラブ……こすぷれ……吸血鬼のお兄さん……!」
などと脳内でぐるぐるしていた。
そんな時——
黒髪の美少女と、黒髪黒目の少年が通りを横切る
ふわり。
人混みの隙間を縫うように、
黒髪の美少女が軽やかに歩いていく。
その傍らには、
黒髪・黒目の少年。
夜の国の住人とは思えない、
どこか“異邦の雰囲気”をまとっていた。
青い灯火を灯す提灯の下を、
二人の黒が滑るように通り過ぎる。
「……え?」
アウレリアは思わず目を丸くした。
「あっ、ちょっと見てエマ。
黒髪、黒目の雄よ。珍しいわね……!」
庇護欲スイッチが「カチッ」と入る音が聞こえた。
エマは一瞥し、すぐに細い目を光らせる。
「アウレリア奥様、あれ……
相当な希少種でございますよ。
たぶん、人間界出身でしょうね。
ああいうのは本当に滅多にいません。」
「そうなの……?
なんだか、ああいうタイプ……
守ってあげたくなるわ。」
アウレリアは胸元に手を当て、ため息をつく。
「も〜う、見ただけで心がキュッて……
ああいう子、他にもいるのかしら?」
「夜の国ではまず見ません。
特にドラゴニュート領では絶滅危惧種ですよ。
奥様の好みとは真逆のゴツいのばかりですから。」
「でしょうね……ああ、でも……
私、見た目が強そうなタイプより……
ああいう“儚げな子”が好きなの。」
アウレリアの目は完全に“狙った獲物の動きを観察する猛禽類”のそれになっていた。
「はいはい。
奥様は昔から、見た目弱そうな子に母性と恋情を同時に感じるタイプでございましたね……
困った性癖です。」
「性癖って言わないで!」
アウレリア、顔を真っ赤にしてぷるぷる。
「ま、まあ……
縁があればまた出会えるでしょ。夜の国だもの。」
しかしアウレリアの視線はまだ
通りの先を消えていった黒髪の少年の方向に向いたままだった。
その言い方は、まるで “次に会う時は逃がさない” と言いたげだった。
こうして、
ドラゴニュートの貴婦人と侍女は、
“運命の糸”を知らぬまま、夜の街へと消えていく。
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