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第74話 夜の国(3)

 外へ出ると、冷たい夜気と共に異形の気配が満ちていた。


 歩く女性のほとんどが、

 吸血鬼かドラゴニュート、あるいは妖狐。


 男の姿は少なく、いても誰かに連れられている。


 女性が男を何人も引き連れて歩く光景も珍しくなかった。


(一人:ここ……本当に異世界じゃん……)


 信号待ちのときだった。


「ねえ、その雄?あなたの眷属?」


 長身のブロンド美女が声をかけてきた。


 真紅のドレスにハイヒール、

 隣には黒スーツの屈強な男が控えている。



 明らかに“支配者と従者”の関係だ。


 永遠が嬉しそうに髪を揺らす。

「ふふっ。そうなの。いいでしょ?」



「黒髪と黒目の雄なんて……珍しいわね。


  ちょっと見せてもらっていい?」


(来たっ!)

 一人は永遠の背後へすばやく身を隠す。


 ブロンド美女はくすりと笑った。

「まあ、シャイなのね。初々しいわ。」


 永遠は得意げに胸を張る。

「照れ屋さんでね。

  私以外には、なかなか懐かないのよ。」


「ふーん……美形ね。」

 美女は身を屈め、一人の顎に指を添えて上を向かせた。


 指先が冷たい。


 まるで獲物を品定めする視線。


「おとなしい感じだけど……あっちの方はどうなの?」



 永遠は悪戯っぽく微笑む。

「普段はおとなしいけど……すごいの。

  野獣だよ。昨日も……ふふっ。」


(言うなーーー!!)

 一人は真っ赤になり、必死に永遠の背中へ隠れる。



 ブロンド美女は目を細め、十秒ほどじっくり観察すると──


「……失礼を承知で聞くけど、

この子、私に譲ってくれない?


あなたの言い値でいいわ。」


 永遠は一瞬だけ目を細め、すぐに穏やかな笑顔に戻った。


「ごめん。情が湧いちゃって。


  眷属というか家族なんだ。手放す気はないよ。」



「そう……残念だわ。」


 美女は軽く肩をすくめ、男を引き連れて歩き去った。


 二人が見えなくなると、一人はぼそりとつぶやく。

(……なんか完全にペット扱いなんだけど……)


 永遠は聞こえなかったふりをする。



 しかし遠くで、

 ブロンド美女は名残惜しそうに振り返っていた。


「黒髪の雄……いいわね。

  マークしておこうかしら。 」


 彼女の瞳が妖しく光る。


 闇の国の夜は、

 まだ始まったばかりだった。



 ー洋服店にてー



 夜の国の中心街は、闇色のネオンと魔光が入り混じる幻想的な通りだった。


 その一角にあるブティックに入ると、すぐに清らかな鈴の音のような声が響いた。


「いらっしゃいませ〜」

 振り向くと、店員の少女が深いお辞儀をする。



 狐耳がぴんと立ち、ふわふわした尻尾が揺れた。


「あら……眷属さんですね?

  かわいらしい方だわ。


  今日はどんなスタイルをお探しでしょう?」


 永遠は財布から厚みのある紙幣の束を取り出す。


 一人には見慣れない紫色の紙幣──夜の国の通貨だ。


「急な引っ越しで服が全然ないの。


下着からスーツまで、適当に一式見繕って。

支払いは現金で。」



 店員の目が一瞬だけ妖しく光る。


「もちろん、全部おまかせくださいませ。

では眷属さんはこちらへ採寸にどうぞ〜」



 案内される途中、店員は永遠に身を寄せ、ひそひそ声で囁いた。


「……“夜の衣装”の方はいかが致します?

  当店、そちらもかなり充実していますので。ふふ……」



 永遠は少し考え、肩をすくめた。


「今日はいいわ。また今度ね。」


「かしこまりました。


ちなみに、執事服、和装、ボンテージ、褌、首輪、

アクセサリー、ピアスの穴あけまで一通りそろっておりますので……」


 店員はにやりと笑い、尻尾が楽しげに揺れた。



 採寸を終えて、革靴とカジュアルスーツに着替えた一人が戻ると──


 レジには、すでに山のような箱と袋が積み上がっていた。


「じゃあこの荷物、ここに全部送っておいて。」

 永遠が住所を渡すと、店員は嬉しそうに深々と頭を下げた。





 次に訪れたのはドラッグストアのような店だったが、並んでいるのは見慣れないラベルのものばかり。


 歯ブラシ、歯磨き粉、洗剤、石鹸……


 永遠は人間基準で必要なものをぽんぽんカゴに放り込んでいく。


 しかし、店内の視線だけは普通じゃなかった。



 人外の女性たちが目を丸くし、ささやき合っている。


「あの子、かわいい……」


「くそ、眷属連れかよ……」


「なんであんな良い雄が……」


 永遠は堂々とした足取りで歩きながら、しっかり聞こえているのに笑っていた。

(永遠……完全にご機嫌だ……)


 


 食事のためにレストランに入ると──


 やはり客は女性ばかり。


 吸血鬼の赤い瞳、妖狐のふわふわ尻尾、ドラゴニュートの鱗光。


 その全員の視線が、一人に向けられる。


 物珍しそうな、あるいは値踏みするような視線。


「可愛い眷属ね……」


「ああいうの、欲しいな……」


「どこで見つけたのかしら……」


 まるで市場に出された珍獣扱い。


 永遠は胸を張り、誇らしげに微笑んでいる。



 テーブルにつくと、店員が微笑みながらメニューを差し出した。


「こちら眷属さん用のメニューです。


  ……可愛い眷属さんですね。」


 永遠がすかさず言う。

「でしょ?

  私に懐いちゃってさ。


  この子、構ってやらないとすぐ拗ねるんだよ。」



「ちょ、ちょっと永遠……」


「ほらね、こういうとこが可愛いの。」


 永遠は足を組み、すっかり上機嫌である。



 一人はというと……


 熱い視線の嵐に、どこに目を向ければいいのか分からない。

 



 ー夜の国・高層マンションに帰宅ー



 外の妖気を閉め出す重厚な扉が、カチリと閉じる。


 昼間に買った荷物が魔法便で届く前の、まだがらんとしたリビング。


 一人はソファに座るやいなや、ため息をつき永遠の方を振り返った。


「今日さ……一日中ペット扱いだったんだけど。


ここってどういうところなの?


人間を……飼ってるの?」



 永遠は、マンションの窓から夜景を眺めながら肩をすくめる。


「ここ“夜の国”はね、


  富裕層の人外女性の、完全会員制リゾートよ。」



 紫の瞳が妖しく揺れ、ゆっくり振り向いた。


「特にヴァンパイアが多いの。


愛玩用の“眷属”……つまりペットみたいに、男を囲ってる女がね。」




 永遠は当然のように頷く。


「富裕層のヴァンパイアにとって、

どんな男を囲ってるかがステータスなの。


あなたみたいなタイプは……超高級品ね。」


 一人の背筋がびくりと震える。


 永遠はソファに腰掛け、一人の隣へと滑り込んだ。



 あの妖艶な笑みを浮かべて、耳元に息をかける。


「今日一日、最高だったわ。


『お前みたいな醜女が、絶世の美少年を連れてるなんて』

って視線が……たまらなく優越感あったのよ。」


「醜女って自分で言うなよ……」



 永遠は楽しげに続ける。


「他の人外たちは、男を買いに来てるの。


だからあなたが一人で出歩いたら──

“男娼”と間違われるわね。最悪、攫われる。」


「………………」

 とんでもない世界に連れてこられた実感が、胃を締め付ける。



 そして永遠は、わざとらしく甘い笑みでトドメを刺した。


「まあ、安心して。

  あなたは──ここでは私の愛人だから。」


 ぽん、と頭を撫でる。


 表情は“保護者”ではなく、完全に“主”のそれ。



 一人の脳内で何かが弾けた。


「ええええええええええええええーーーーーー!!?」

 夜の国の高層マンションに、少年の悲鳴がこだました。


☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


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