第73話 夜の国(2)
ーその頃 澪のマンションー
焦げた匂いがまだ残るリビング。天井には先ほどの戦闘で走った火花の痕跡、硝煙の香り。
澪とリリスは、それぞれの傷を最低限治癒しながら、向かい合っていた。
澪(通常モード)が息を整え、低く告げる。
「……一時休戦だ。
永遠の居場所を特定して、一人を奪還する。」
リリスは舌打ちする。
「あーあ、めんどくさいけど仕方ないわね。
監視紋で追跡不能ってことは――魔界のどこか。」
澪とリリスは、同時に同じ名を呟いた。
「『夜の国』……だよね。」
澪(通常)が指折りながら続ける。
「まあ、『島』って線もゼロじゃないけど……
吸血鬼の永遠なら、やっぱり『夜の国』が妥当だ。」
リリスも肩をすくめる。
「『神殿』は、無いとは言わないけど……
『邪教会』は絶対に無いわね。」
その時、澪の目がふっと青く光り、統合人格が表に出る。
澪(統合)
「最も可能性が高いのは『夜の国』。
あそこに入れるのは――吸血鬼、ドラゴニュート、妖狐。
悪魔も魔女も、基本的には入国拒否…」
リリス
「で? 潜入はできるの?」
澪(統合)は即答した。
「必要ない。永遠は――“交渉”に来る。
奴は仲間を裏切る気…」
沈黙が広がる。
リリスは拳を握りしめた。
ーその頃 『夜の国』 永遠のマンションー
白い壁、黒い床。生活感の欠片もないモデルルームのような部屋。
光源はほの暗い青色で、まるで常夜の国を象徴するような冷たさを放つ。
永遠は、壁にもたれながら人差し指を立てた。
「このマンションから出たら、だめよ。
ここにいるのはほとんどヴァンパイア。
たまにドラゴニュートと妖狐。
無所属の人間なら……まあ、ひと口で終わり。」
一人は青ざめる。
「え、ええぇ……帰れないの?
澪だって心配してると思うし……
連絡取れないの?」
永遠の笑顔が、ほんの少しだけ陰った。
「あいつとは連絡取れない。
君はあいつに騙されてるんだよ。
だからここに連れてきた。」
一人は強く首を振る。
「違う。澪はそんなことしない!
帰らないと……」
ぴたり、と永遠の笑みが消えた。
「……あんた。
私の“もの”じゃないって、何言ってるの?」
ぞくり、と背筋が凍る。
空気が――落ちた。
一人が何か言いかけた瞬間。
永遠は低く呟いた。
「前に言ったよね。
“私は裏切りを許さない”って。」
その声は、血が凍るほど冷たい。
永遠の爪が、音もなく伸び、
顎に、ちくり――と触れた。
紙一枚で切れるほどの鋭さ。
それ以上動いたら、簡単に喉を裂く距離。
「ねえ……
私に“しつけ”させないでくれる?」
一人は息を呑む。
「う、うん……」
すると永遠は――
スイッチでも切り替えたように、ぱっと明るい笑脸に戻った。
「うん、うん♡ 言うこと聞けば、怖くないからね。
ごめんね、脅かして。」
その“優しい声”が逆に怖い。
永遠は一歩近づき、そのまま一人を抱きしめる。
耳元へ唇を寄せ――
「じゃあさ……
ご飯食べたら、一緒にお風呂入って……
それから寝よ? ……ふふっ♡」
永遠の体温は低いのに、触れたところだけが熱く感じた。
ー深夜。
夜の国のマンションに、静かな吐息だけが落ちるー
薄暗い部屋の中、
永遠と一人はシーツの中で、互いの体温だけを頼りに抱き合っていた。
永遠が一人の首筋にそっと顔を寄せる。
吐息がかすかに触れただけで、肌がびくりと震えた。
「少し……痛いわよ。」
囁き声の直後。
永遠の白い牙が、一人の首筋に“軽く”触れた。
甘噛み。
「っ……痛っ!」
一人は思わず首を押さえる。
その指先の下――
淡く赤い光を帯びた“紋章”が浮かんでいた。
中央には人間の頭蓋骨のシンボル。
その周囲を取り囲むように、古のブラッドの一族の神秘文字が淡く光を揺らしている。
永遠が手鏡を差し出す。
「はい、見て。」
鏡に映る見慣れない印に、一人は目を丸くした。
「な、なにこれ……痣みたいだけど……?」
永遠は、指先でその紋章をやさしくなぞる。
「この町で何かあったら、首筋を見せて。
だいたいのトラブルは避けられる。
“私の所有印”だから。」
その響きは、どこか危うい独占欲を帯びていた。
次の瞬間――
紋章は、光の粒子になって肌の中へ沈むように消えていった。
「……消えた?」
「うん。必要な時だけ浮かぶから。」
永遠はゆっくりと身体を寄せ、シーツの陰で微笑む。
薄闇の中、その笑みは妖艶に艶めいて見えた。
「じゃあ……楽しみましょうか。
ふふっ……」
永遠の指が、頬から顎へそっとすべり落ち、
二人の距離がゆっくりと縮まっていく。
そして――
唇が、静かに重なった。
夜の国の深い闇の中、
誰にも邪魔されない、
二人だけの深夜がゆっくりと更けていく……。
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