第72話 夜の国(1)
……柔らかなソファの沈み込みが、指先に残っていた。
一人はゆっくりと目を開ける。
天井は白く、どこか冷たい。
視界を横に振ると、整然と並んだ家具。
だが――どれも“そこに置かれているだけ”のように見えた。
生活の痕跡が、まるでない。
(……展示用の部屋みたいだ)
マンションの一室なのは分かる。
けれど、自分の家ではないし、妙に静かすぎる。
そのとき。
「起きたね。」
背後から、柔らかく包み込むような声。
一人が勢いよく振り返ると――
そこに立っていたのは、漆黒のエクソスーツをまとった永遠だった。
黒い装甲は体のラインをなぞるように密着し、
金属光沢の縁が淡く光るたび、視線のやり場を完全に失う。
「……あ、あの、そのカッコは……っ」
思わず目をそらす。
永遠は、くすっと喉の奥で笑った。
「ふーん。この姿、そんなに気になるんだ?
いいよ、見ても。だって――婚約者だし。」
軽い口調。
しかしその目は、まるで“一人”だけをロックオンしているような強さを宿していた。
「えっ……あ、あのさ……」
「何?」
永遠は首をかしげる。
黒髪が装甲の肩にさらりとかかり、妙に色っぽい。
聞きづらい。でも聞くしかない。
「前から、僕のこと婚約者って言ってるけど……ホントなの?」
永遠は即答した。
「もちろん。本当だよ。」
何の迷いもなく。
「君、私に告白したじゃない。崖の上で、ロマンチックにね。
それに、私を他の男と取り合って決闘までしたでしょ?」
「えぇぇぇぇぇええええぇぇっ!!?!」
ソファの背もたれに頭をぶつける勢いでのけぞる。
(な、なにそれ!?
どこの世界線の僕だよ!?
崖で告白って……そんな度胸ないし!!)
永遠は楽しそうに微笑む。
「うん、普通にしてたよ。あの時の君、すごくかっこよかった。」
「ぼ、僕、自分で言うのもなんだけど……かなりのヘタレだよ!? 本当なの?」
「うん、本当。」
何度聞いても即答だ。
そして――少しだけ目を伏せた。
「その……僕、永遠に釣り合わない気がするんだ。
かっこよくないし、ヘタレだし。
なんでさ……僕のどこがいいの?」
永遠は一瞬だけ驚いたように瞬きした。
だがすぐに、穏やかな笑みに変わる。
「それ、前にも聞かれたよ。」
永遠はソファの前にしゃがみ、一人の視線と高さを合わせる。
「映画の趣味が合うところ。
それとね……君といると退屈しないところ。」
一人は返す言葉が見つからず、ただ固まる。
永遠は続ける。
「それにさ。
君は自分では気付いてないけど――
人外女子から見れば、すっごい“美形”なんだよ。」
「……美形?」
「そう。」
永遠は自分の胸元を指でなぞりながら語り始めた。
「人外の“モテる基準”ってね。
一番は、強いかどうか。
二番目が――魂の形。」
魂。
一人は思わず息を飲む。
「人間で言う“匂い”みたいなものかな。
外見はそんなに重視されないの。」
永遠はふっと笑った。
「私はね、昔――高位聖職者の血を飲んだの。
そのせいで魂の形が歪んじゃった。」
「歪んだ……?」
「うん。
だから、人外基準だと私は“醜女”なんだよ。」
さらりと言ったが、その声には微かな痛みがあった。
「でも、そのおかげで“デイウォーカー”になれた。
昼も歩ける吸血種って珍しいでしょ。」
永遠は目を細め、一人をじっと見つめる。
「だけどね。
そんな私から見ると……君の魂は、すごく綺麗で、形も美しい。」
手を伸ばし、そっと一人の胸のあたりを指先で示す。
「だから――私は君が好き。
釣り合うとか関係ないよ。」
装甲越しでも伝わる温度が、心臓を締め付ける。
永遠の声は、静かなのに残酷なほど真っすぐだった。
「君は、人外から見たら――
本当に“美形”なんだから。」
黒い装甲に包まれた少女の瞳が、
まるで獲物を逃がす気なんて一切ない、と言っているように思えて――
一人の鼓動は、逃げ場を失った。
永遠はソファの背にもたれ、足を組み替えながら言った。
「でもさ、質問するならさ――
“ここどこ?”じゃないの?
……トラブル続きで慣れちゃったのかしら?」
からかうように笑う。
一人は「あ、ほんとだ」と頭を掻いた。
「でさ……ここって、どこなの?」
永遠は待ってましたと言わんばかりに、腰に手を当てて胸を張る。
その姿は、漆黒のエクソスーツの無骨さと裏腹に、妙に可愛らしくて――
鼻から「ふんすっ!」と音が聞こえてきそうなほどのドヤ顔だった。
「ここはね。通称――“夜の国”。
ヴァンパイア諸国連合の中にある、治外法権の特別エリアよ。」
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