第23話 最強のふたり(3)
その声を胸の奥で受け止めながら、僕は微笑んだ。
「で、映画ですけど……『最強のふたり』と『ミザリー』、どっちがいいですか?」
「お前、デリカシーなさすぎ! 『最強のふたり』 一択だろ! 私、ミザリーじゃないんだから!」
「ははっ、そうですね」
あれほど情緒を揺らし、泣き叫んでいた彼女が、いまは普通に拗ねた顔で僕に突っ込んでくる。
――そんな彼女が、愛おしい。抱きしめたい。
こうして夜は、穏やかな静けさの中で更けていった。
「なあ……私の話、聞いてくれる?」
ぽつりと、澪さんが呟いた。
ベッドの上、灯りは消され、窓から差し込む街の明かりが薄く部屋を照らしている。
「……昔の話だ」
彼女は天井を見つめたまま、声を押し殺すように語り始めた。
「私な……死なない研究をしてたんだ。もちろん成功した。天才だからな」
自嘲気味の笑いが混じる。だが、その声には寒気が走るほどの空虚さがあった。
「でもな……そのせいで、忘れるってことが、できなくなったんだ。記憶が消えない。上書きされない。……それからは地獄だった。しかも死ねないしな」
僕は、ただ「うん」としか言えなかった。
「忘れられないから、一度怒れば、いつまでも怒ってる。悲しくなれば、いつまでも泣き出す。ほんとに情緒不安定だよ。おまけに、能力だけは高いから……誰も手が付けられない。そりゃ、人は離れるさ。だから私は、この世界に逃げてきた」
言葉の端々が痛々しく胸に突き刺さる。
「みんな『無口なクールビューティー』だって。笑っちゃうだろ? 本当はただの……メンヘラ女なのにさ」
そう言って、彼女は小さく肩を震わせた。
「だから……何十年も『高校三年生』やってる。同じルーティンを繰り返さないと、脳がパンクするんだよ。なるべく雑多で、心乱される情報を入れないようにしてる。だから、ある程度あらすじの読める映画しか観ないんだ。テレビは……だめなんだ」
「……」
「部室が一番、心が落ち着くんだ。あの狭い、埃っぽい部屋がさ。……お前といるときは、特にな」
「……うん。僕も、澪さんといると落ち着きます」
静かな返事に、彼女は小さく目を見開いた。
「だから……お前を失いたくない。他には要らないんだ。あの吸血鬼も……同類だから余計に怖い。だから取られたくない……こんな女、嫌だろ」
「ですよ」
「……えっ?」
驚いて僕を見る澪さん。その顔は涙で濡れているのに、なぜか子どものように無防備だった。
「僕の知ってる澪さんは、いつも自信満々で、自分ファーストで、迷いがない人です。本音を話してくれる澪さんも、もちろん素敵です。でも……僕はいつもの澪さんが好きです。女性として」
「……」
「これが僕の答えです。本音には、本音で答えないと失礼ですから。……ほら、僕ら『最強のふたり』で、僕その黒人役なんですよ。澪さんが大富豪役です。きっと」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、澪さんは涙をこぼしながら、ふっと笑った。
「……お前、ほんとにデリカシーないな。でも……忖度しない。そんなお前が……好き。大好きだ」
「ふふ……澪さんも大概デリカシーないですけど」
「……ふふ」
「……ふふ」
ふたりの笑い声は、夜の静けさに溶けていった。
それは、確かにこれまでよりもずっと近い距離にいる――そんな確信を与えてくれる音だった。
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