第70話 失楽園の悪魔 VS 廃棄場の魔女
遥か上空。
眼下には摩天楼の街並みがミニチュアのように広がり、
だけが、ふたりの間を切り裂くように通り抜けていく。
対峙する二つの影。
ひとりは、赤髪のボブカットにバイク用のツナギ。
廃棄場の始末屋――“失楽園の悪魔” 愛川りり
リリス・セレクティス。
もうひとりは、青髪のショートを風に揺らし、セーラー服を着た少女。
廃棄場の番人――“廃棄場の魔女”
白雪 澪
りりは下方の廃区画――かつての被災地へ視線を落とす。
その最も損傷の激しい地点を見下ろしながら、軽く口角をあげた。
「――あそこで何があったか、彼に話してないんでしょ。」
鋭く突き刺さる言葉。
澪はほんの一瞬だけ沈黙したのち、淡々と、しかし深い影を宿した声で答える。
「ああ、そうだね。
今の僕には――“約束”があるから。」
「ふーん。」
りりは楽しげに肩をすくめる。
「その“約束”、私が引き継いであげる。
添い遂げること。家を守ること。
……おそらくは、その二つだよね?」
鋭い風が吹き抜ける。
りりの金色の瞳がにやりと細められる。
「もう“家成りり”なんだよ――私。
ふさわしいのは、私でしょ?」
澪の瞳が細くなる。紫の光が揺れた。
「……一人の記憶を覗いたのか。
まぁいい。
でも、その約束は“私がした”ものだ。
君には関係ない。」
「御託はいいよ。」
殺気が風にのる。
「――そろそろ始めようか?」
「ええ。
手加減するつもりはないわ。」
りりが手をかざす。
瞬間――
赤い金属が霧のように彼女の腕にまとわりつき、
次の瞬間には爆発的に装甲へと展開した。
腕、胸部、脚部、背中へ。
金属の板が滑り込み、重なり、機械的な音を鳴らしながら組み上がっていく。
赤いパワードスーツ。
鉄仮面の両目が、獣のように光った。
一方、澪は古びた木のスタッフを静かに抜き出し、構える。
「じゃあ――こっちも交代するよ。
出し惜しみできる相手じゃないし。」
声が低く澄む。
「了解。……殲滅する。」
統合意識が現れた瞬間、空気が変わる。
「世界樹――WORLD IS MINE。
限定解除。」
古木の杖が瞬時に純白の輝きを放ち、
その輝きは魔力の奔流となって周囲に展開していく。
りりが先に動いた。
スーツの両手から、凄まじい数の光弾が解き放たれた。
空を埋め尽くす弾幕。
彼女の身体は重力を嘲笑うように跳躍と滑空を繰り返し、
猛禽のような軌跡で空を走る。
澪は無数の魔法陣を展開し、光弾をかき消す結界を張ると同時に、反撃に転じる。
炎の槍。
雷撃の輪。
氷の刃。
魔法陣が次々と生まれ、りりへと殺到した。
光弾と業火が空中で衝突した瞬間――
轟音。
閃光。
空が引き裂かれる。
爆風がふたりの髪を荒れ狂うように揺らし、
夜空と街明かりの境界線を乱した。
遥か彼方。
戦場となった上空からは距離を置いた高層ビルの屋上。
夜風が吹き抜けるその場所に、ひとつの影が佇んでいた。
黒いエクソスーツ。
身体のラインがくっきりと浮かびあがる流線型の装甲が、街灯を反射して冷たく光る。
女は腕を組み、遠くの空で爆ぜる閃光をじっと見据えていた。
「――始まったわね。」
その声は静かで、だが戦場を見下ろす者の余裕を湛えていた。
「じゃあ……行きますか。」
言葉が終わると同時に、輪郭が揺らぎ、
次の瞬間――影は風に溶けるように、その場から完全に消失した。
――痕跡ひとつ残さず。
リリスのパワードスーツ内部。
回路の灯が彼女の赤い瞳を照らし、情報がHUDに流れ続ける。
「サミー、澪の出力……前より上がってる。
今より弾幕張れる?」
人工知能【SMAEL】が無機質に答える。
「契約紋を介して魔力供給。高位存在からの加護反応。
こちらも外部魔力を追加供給します。」
「……あいつ、一人の魔力使って……ッ。
あれは私のなのに。」
声が無意識に低くなる。
怒りと嫉妬が、スーツの動力すら揺らすほどに熱を帯びた。
対する澪の内部では――
多重人格たちが淡々と役割を分担していた。
澪(怒モード)「攻撃は俺がやる。四属性同時展開、頼む。」
澪(統合モード)「了解。」
澪が、ゆっくりと詠唱を開始する。
その表情には迷いひとつない。
澪(通常モード)
「じゃあ僕は“世界樹”を削り出したスタッフ――
World is Mine
これで四属性を全方位に展開するね。」
澪(悲モード)
「防御結界……張るわ。」
内部は静かだが、外では世界が軋む。
人工知能【SMAEL】
「警告――四属性全方位展開を確認。
対抗策として、空中展開“メギドの火”
限定解除を。許可願います。」
「……いいわ。 」
リリスは唇をつり上げる。
「全部まとめて吹き飛ばしてやる。」
そして地上――
その頃。
澪のマンションのベランダ。
一人は、はるか上空で炸裂を続ける赤と青の閃光を呆然と見つめていた。
空が震え、音が途切れ、
遅れて暴風が吹き下ろす。
「……すげ……何が……?」
その瞬間だった。
背後で――
バチッ。
空気が裂ける音。
振り返るより早く、目の前に“何か”が現れた。
黒いエクソスーツ。
月光に照らされた、冷たい曲線。
永遠だった。
「え――」
反応する前に、
永遠はスプレーを吹きかけた。
「ちょっ……な、に……っ……」
膝が崩れ、一人の視界が激しく傾く。
永遠は倒れた一人を慣れた手つきで仰向けにし、
手足に結束バンドを手際よく巻きつけていく。
「確保完了。」
淡々と告げる声。
そのまま彼を大型の運搬袋に押し込み、肩に担ぎ上げた。
まるで荷物のように。
そして、何事もなかったかのようにマンションを後にした。
残された部屋には、
ほんの少しだけ、薬品の匂いが漂っていた。
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