第67話 霊の誓約
浴室に満ちる白い湯気が、まるで柔らかなヴェールのように二人を包む。
湯船にそっと足を入れると、温かさがふわりと肌に広がった。
澪は、頬を赤らめながら一人の隣に身を沈めた。
普段なら照れ隠しするところだけど――今夜だけは違う。
ずっと離れたくなくて、自然と距離が近くなってしまう。
湯船の水面は揺れ、光が反射して二人の肌に模様を描く。
「……一人……」
呼ぶ澪の声は、湯気よりもとろりとしていた。
一人が顔を向けた瞬間、澪はそっと手を伸ばし――
唇を触れ合わせた。
最初は触れるだけの軽い口づけ。
けれど、すぐに抑えられなくなる。
澪の腕が一人の首に絡みつき、
一人も澪の背中にそっと手を添えて、引き寄せる。
水音が、ふたりの息づかいを邪魔しないように静かに揺れる。
もう一度。
そして三度、甘く、深く口づけを交わした。
蕩けるような温度が、唇から全身へ流れ込んでくる。
離れたくない。息をするのも惜しい。
けれど、自然に唇は離れ――
澪は少し恥ずかしそうに、胸の前で手をぎゅっと組んだ。
一人は、湯船の中で澪を後ろから抱き寄せた。
澪の肩にそっと顎を乗せる形で、優しく腕を回す。
肌の触れ合う距離。
温もりが混ざって、互いの鼓動が小さく重なる。
「……澪。お願いがあるんだ。」
「……なに?」
耳元に落ちる一人の声に、澪の体がぴくりと震える。
一人はゆっくりと言葉を続けた。
「澪の気持ちが整理できたらでいいんだ。
急がなくていいし、今じゃなくていい。
でも……その時が来たら、教えてほしい。」
湯気の中で、声がやさしく揺れる。
「澪が隠してること……それが何なのか。」
澪の身体が、少しだけ強ばった。
「今はいいんだよ。
彼女たちが何者なのかも――
澪が言うなら、僕は全部受け入れるから。」
その言葉が胸に刺さる。
澪は目を伏せ、湯船の水面がかすかに揺れた。
言えない。
まだ言えない。
でも……この人は、こんなに真っ直ぐに私を信じてくれる。
胸が痛くなる。
でも、それ以上に――あたたかい。
「……うん……そうだね。 」
小さな声で、澪は答えた。
「でも覚えててほしい。
僕は、いつだって君が一番だから。
いつも、君のことを想ってるから。」
一人の胸に背中を預けながら、真っ直ぐに言うその声は震えていた。
一人は、そっと澪の頬に手を添えた。
「うん……それはさ……僕もおんなじだよ。」
顔を向け合い、距離がまた縮まる。
二人の唇がもう一度、溶け合うように重なった。
今度はゆっくり、深く。
互いの気持ちを確かめ合うような、甘い、長い口づけ。
湯気はさらに濃くなって、世界を二人だけのものにする。
水面に触れる光が揺れ、
温もりが全身に広がって、
澪の指がそっと一人の胸に触れ――
息が混ざり、心音が重なり、
二人はただ、互いの存在だけを感じていた。
湯気は暖かく、静かに――
まるで祝福のように、二人を包み込んでいた。
―お風呂上がり、新婚みたいな夜―
湯気をまとったまま、二人は同じ部屋に戻った。
まだ火照った身体に、柔らかいサイドパジャマの布が触れる。
普段なら、着替えなんて絶対に別の部屋でやる澪が――
今日はためらいながらも、一人の隣でパジャマに袖を通していた。
「……なんか新婚さんみたいだね、これ。」
と一人が冗談めかして呟くと、
澪はぴくっと肩を跳ねさせ、
「ば、バカ……そんなわけ……いや、その……」
耳まで真っ赤になった。
距離は近いのに、どこかぎこちない。
でも、幸せで、胸の奥がくすぐったい。
―お風呂上がり、ふたりだけの夜―
湯上がりの熱がまだ身体に残る夜。
同じ部屋で、同じ空気の中でパジャマへ着替えるふたりは、
どこかぎこちない。
まるで結婚したばかりの新婚夫婦みたいに、
互いが少しだけ意識しすぎてしまうのだ。
湯気の余韻が漂う部屋。
乾ききらない髪のしずくが、澪の寝巻の肩を濡らす。
その澪が、意を決したように一人へ向き直った。
「……あ、あのさ……」
小さな声。
触れれば壊れてしまいそうな繊細な響き。
「りりは……たぶん、諦めないよ。君のこと。
わかるんだ……同類だから。
だから、りりを受け入れるのは……仕方ない。嫌だけど、誓約してるしね。
……それに、彼女の気持ちも……わかるんだ。」
寂しげな伏し目。
指先をいじりながら、言葉を繋いでいく。
「で……ね。も、もし良かったらなんだけど……」
澪が近づき、胸元をぎゅっと握りしめた。
上目遣いで、一人を見上げる。
「ぼ、僕とも……誓約してくれないかな。霊の……
……いい……?」
頬を染め、もじもじと震えながら。
その瞬間――
「違うよ。」
一人の声が澪を遮った。
澪がびくりと肩を震わせる。
拒絶だと思ったのだろう。
瞳が一気に沈んで、視線が床へ落ちる。
「……っ」
喉の奥で、小さな息が詰まる音がした。
だが――
一人はゆっくりと膝をつき、
澪の手にそっと触れた。
「こういうことはね――男から言うんだよ。」
その瞳は澪だけを見ていた。
まっすぐで、揺るがなくて、優しい。
「白雪澪さん。
僕、家成一人と……霊の誓約を結んでください。」
差し出された手は震えていない。
決意だけがそこにあった。
「――えっ」
澪の目が大きく見開かれ、
次の瞬間、涙が滲む。
「う、うん……
いや……はいっ……!」
震える声で、その手を強く握り返す。
その瞬間――
ふたりの足元に淡い光が満ちた。
羊皮紙のような古代の紙が空中にふわりと現れ、
ゆっくりと二人の前へ降りてきた。
中央に刻まれた精霊王の紋章が、
かすかな金色の光を放つ。
そこにはこう記されていた――
「家成一人と白雪澪の二人が霊の契を結び、
伴に在ることを誓約する。
例え死が二人を分かつことになろうとも――精霊王」
胸が震えるほど静かな奇跡。
「サイン……してくれる?」
澪が涙の残る顔で微笑む。
「もちろん。」
一人は迷いなくペンを走らせ、
澪もそれに続く。
サインが光に包まれた瞬間――
澪は思わず一人に抱きついた。
「……もう、これでずっと一緒だね……」
その声は震えていたけど、誰よりも幸せだった。
だが次の瞬間、澪の雰囲気がふわりと変わる。
そして、いつもの澪が順番に顔を出す。
◆ 澪(怒モード)
「さすが俺の旦那だぜ!!惚れ直したわ、ほんと格好いい!!」
◆ 澪(悲モード)
「でも……結婚式とプロポーズは、正式に……ロマンティックにしてね……?」
◆ 澪(統合)
「……もうずっと一緒。」
そして――
◆ 澪(怒モード)
「一人~~!!
チュ〜させろ!!夫婦になった記念だぞ!!」
そのまま勢いよく一人を押し倒し――
――柔らかい唇が触れる寸前で、
一人は「ちょ、ちょっと待って!」と顔を真っ赤にした。
けれど澪は笑って言う。
「もう逃がさないよ?」
二人の夜は、静かに、甘く、深く――
ふたりだけの未来へ溶けていった。
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