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第66話 雨降って…

 ―同じ夜・一人の寝室―



 一人もまた、布団を頭まで被り、薄暗い天井を見つめていた。


「……僕、悪いのかな……?


 記憶ないし……夢の中のことだし……頭の中の話じゃん……」


 声に力がない。


 ごろんと寝返りを打つ。


「澪もさ……あの永遠の知り合いとか、隠してるし……


 なんで僕ばっか責められるんだよ……」



 ぶつぶつと愚痴るその横で――



 ふくらむ布団。


 一人「……ん?」


 布団もこっ



「……え?」


 布団が大きく盛り上がり――



 次の瞬間、ひょこっと顔を出したのは、下着姿のりりだった。



「やっ♡」



 一人「!?!?!?」



「んーーーっ!!」


 りりは一人の口を塞ぎ、そのまま押し倒し――


 唇が触れ、熱を流し込むようなキスが落ちる。




 

 ぷは、と唇を離したりりは、

 人差し指を口に当てて、


「しっ。大声出さないで……迎えに来たんだよ。

 ここ、出よ?ね?」



 一人は必死に首を振る。


「む、無理だよ……僕には澪が……」



「ううん、君は私にプロポーズしたよね?」


 りりは一人の頬を両手で包む。


「“お嫁さんにする”って言ってくれた。


 婚姻届まで書いた。覚えてるでしょ……?」



「それは……覚えてるけど……でも、子どもの頃だし……」


「関係ないよ。」


 りりの声は甘く、でも底が見えない。



「悪魔との契約は――絶対だよ。


 ……ねぇ、一人。私のこと、もう嫌い?」



 一人「今でも……好きだよ。でも……」



 言いかけた瞬間――


 りりは一人の口をまた塞ぐ。


「もう、“でも”は禁止。うん。はい終了。」



 そう言ったその時――



 

 パチンッ!!


 部屋の電気がついた。



「――来ると思ったよ。」


 ドアのところには、腕を組んだ澪が立っていた。



 

 りりは立ち上がり、澪の前で仁王立ちになる。



「夫婦の寝室に勝手に入るとか、

 デリカシーないの?非常識すぎ!」



「夫婦?認めないよ。


 一人は私にプロポーズしたんだから。もう婚約者は私。」


 澪がビシッと言い返す。



 りりは鼻で笑った。


「へ〜、その割には喧嘩してたけど?


 まぁいいや……なんか冷めた。


 今日は帰るわ。こんな気分じゃ楽しめないし。」



 そして一人を見つめ、


 ぞくりとするほど甘い声で囁く。


「でもね――いい?」


 空気が揺れる。



「私と一人は夫婦。浮気相手はそっちだから。」



 そして、りりは澪に向き直り、


「あ、それと。


 “本当の私はここにいない”から。


 覚えておいてね?」




 その言葉を残し――



 りりはふっと、影のように消えた。



 残されたのは、澪と、一人と――圧倒的な沈黙。




 ―沈黙―


 りりが消え、電気の白い光だけが残された寝室。



 部屋の空気は張りつめて、二人の間の空白だけがやけに大きく感じられた。


 澪も一人も、動かない。


 まるで、ちょっとでも動けば壊れてしまうような――そんな沈黙。



 

 数分か、それ以上か。


 時間の感覚が曖昧になった頃。


 澪はゆっくり一人のベッドに腰を下ろした。


 肩を震わせながら、ぎゅっとシーツをつかむ。




 そして―― 


「……いやだ……」


 声は震えていた。



「いやだよ……一人を取られたくない……」


 涙が溢れ、ぽたりと膝に落ちる。


 その瞬間、一人の胸に何かが走った。



 澪のその言葉が、真っ直ぐ突き刺さる。


「澪……」


 そっと寄り添うように、一人は澪を抱きしめた。



 温かさが、胸の奥に染み込んでいく。



「うん……あのさ、澪……」


 言葉を選びながら、一人は澪の頭を撫でた。



「僕さ……澪が一番なんだよ。


 一番つらい時に、隣にいてくれたのは澪で……


 僕を救ってくれたのも、澪で……


 だから、澪が一番なんだ。」



 胸の奥から絞り出すような告白。



 澪の心が――ズキン、と痛んだ。


 でもその痛みは、じんわりと甘く溶けていく。



「……うん……」

 澪は小さく頷くと、一人の胸に頬を寄せた。



 二人の距離が、自然に縮まる。



 そして――



 唇が触れた。



 触れた瞬間、世界がふっと静かになり、

 長い夜が二人をやさしく包み込んでいった。

 




 ―寄り添う夜―



 生まれたままの姿で、二人は枕を並べて横になる。



 互いの吐息が触れ合う距離。


 手は自然と繋がれ、体温が混ざり合う。



 そんな静かな夜の中で、一人が口を開いた。


「澪……黙ってたことがあるんだ。


 わざとじゃないよ。思い出しただけで……」



 澪は横目で一人を見る。


「りりさんが初恋の人って言ったよね?」



「うん……」


 一人は天井を見つめ、ゆっくり続けた。



「本当に好きだったんだ。


 ただの幼い気持ちじゃなくて……本気でね。」


 澪の指が、わずかに強く一人の手を握る。



「でもさ、勘違いしないでほしい。


 僕が五歳くらいのときの話だから。


 あの頃って、好きな人にはなんでも言うでしょ?」


 少し照れた笑いが混じる。


「それで……“お嫁さんにする”って言ってた。


 名前書けるのが嬉しくてね。


 婚姻届まで書いたんだよ。


 それをりりさんは今でも覚えてるって……」



 澪は静かに、一言だけ呟く。


「……そう……」



 一人は小さく息を吐き、澪を見つめる。


「でもね。


 “今の僕の一番”は、澪なんだよ。


 それを言いかけたら……“関係ない”って……


 全部遮られちゃって……」


 そのまま言葉を止め、一人は澪の頬にそっとキスを落とした。


 時間が止まったような、長い、やさしいキス。


 澪の口元がゆるみ、指が一人の髪を撫でる。



 

 キスが終わると、一人はぽつりと聞いた。


「……朝まで一緒にいてくれる?


 ここで……?」


 澪は一瞬きょとんとした後、ふっと微笑んだ。


「――嫌だよ。」



「えっ……?」


 驚く一人を見て、澪はさらに柔らかく微笑む。



「もう、“これからずっと”一緒に寝るんだから。


 今日だけ、とかじゃないよ?」


 その言葉はあまりに自然で、あまりに甘い。



 一人の心が溶けていく。


 澪は立ち上がると、一人の手を掴んだ。


「それと……お風呂入りたい。


 一緒に入ろっ?」


 頬を赤く染めながら言うその姿に、一人の心臓が跳ねた。


「え、い、今……?」


「当たり前でしょ。


 だって、もう夫婦みたいなもんだし。」



 そう言って、澪は一人を振り向きながら、いたずらっぽく微笑む。


「ほら、行こ?」


 二人は繋いだ手のまま、ゆっくり寝室を出た。


 廊下の灯りが二人を照らし、

 夜の静けさは――いつの間にか甘い色に変わっていた。




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