第65話 夕飯と喧嘩
―その日の夕食―
「――いただきます。 」
二人の声が、ほぼ同時に落ちる。
しかし、そこにいつもの“ぬくもり”はなかった。
澪は箸を動かしながら、不機嫌を包み隠そうともせず。
一人は、まるで影が落ちたように肩を落とし、精神的にズタボロ。
湯気の立つ味噌汁の香りだけが、妙に静かな部屋に広がっていた。
(……今日はマジでキツかった……いや、もう心えぐられたよ……)
一人は味噌汁をすすりながら、死んだ目で思う。
カチャッ……
食器の触れる小さな音がやけに響く。
沈黙は重く、長く、面倒くさく、そして息が詰まるほどだった。
そんな空気をつんざくように――
澪の、鋭い声が落ちた。
「あのさ。」
その一言に、一人はビクッと小さく肩を震わせる。
「……あの所有紋、入ってるってことは、そういうこと……だよね。
あいつと――なんか、あったってことだよね。 」
澪はぷいっと横を向いたまま、目を合わせない。
その姿は拗ねているというより、怒りと不安を誤魔化しているようにも見えた。
だが、その感情は一人に理解できる余裕をくれない。
「いや、だから……覚えてないんだよ。
夢で……なにかあった気はするけど……」
少し声を荒らすように、一人が返すと、
「ふーん。」
澪の声に、氷みたいな冷たさが混じった。
「君さ、覚えてなくても……
いい思いしたんだ?夢で?へ〜。
サキュバス相手に。そりゃ楽しかったんだろうね?」
と、箸を握る手で一人を指さし、
「それ、浮気だからね!!」
ビシッと言い放つ。
一人、さすがに堪える。
一人は、手に持っていた味噌汁をそっとテーブルに置き――
「……」
深く息を吸い、言い返す。
「浮気って……なんでそうなるのさ。
夢だよ?
それに、なにがあったかも覚えてないのに!!」
そして、つい口が滑る。
「もしかしたら――相手は澪かもしれないじゃないか!」
「は?んなわけないじゃん。」
澪、即答。
「相手サキュバスだよ?
夢だと判断力なくなるんだから。
浮気は浮気。以上。」
「……澪だって隠してるよね?」
その言葉に、澪の手が止まった。
一人は食卓を見つめたまま、ぶつける。
「今日の永遠の知り合い……明らかに僕のこと知ってたよね。
あの子たち、誰なのさ……。澪、知ってるんだろ?」
澪はわざとらしく肩をすくめた。
「知らないね。」
「ほんとに?
だって、全員僕の名前呼んでたよ?」
「そりゃ永遠の知り合いだからでしょ。私関係ないし。」
澪の胸の奥がズキンと痛む。
「……なに隠してるの?僕たち、家族だよ?
家族に嘘つくの?」
澪は箸を置き、冷たい目で言った。
「知らないよ。
ほんとに知らない。もうこの話は終わり。」
そして、立ち上がる。
「でも……君の浮気は許さないからね。」
そう吐き捨てるように言い――
澪は皿を片付けもせず、風呂場へと歩いていった。
ー残された一人。
ぽつん、と座ったまま。
湯気の消えた味噌汁だけが前にある。
胸が重い。喉が詰まる。心がざわつく。
「……はぁ……」
その溜息は、誰に届くでもなく、吸い込まれるように消えていく。
明らかに、何かがおかしい。
澪は何かを知っている。
隠している。
それを話さず、一人の“浮気”だけを責め立てる。
―澪はシャワーを浴びながら考えていた―
湯気がゆらゆらと立ちこめる浴室。
シャワーの音だけが、世界の雑音をすべて消し去っていく。
その中で――
澪は壁に手をつき、ぼんやりとシャワーを背中に浴びていた。
澪(通常)
「……なんで、喧嘩なんかしちゃったんだろ……」
澪(悲モード)
「ほんとはさ……協力して解決しなきゃいけないのに。
敵、外にいるのに……なんで私たちが喧嘩してるのさ……」
澪(怒モード)
「でもよ、覚えてねぇってのも本当だろ。
あいつ、あんな顔して嘘つけるタイプじゃねぇし。……謝るか?」
澪(通常)
「なんで僕が謝るの!?いやだよ!!
一人が謝るなら……うん……許してやらないことも……ないけど……」
しかし、シャワーを浴びながらもどんどん、どんどん思考は迷走する。
湯気の中で、澪は髪をぐしゃぐしゃ掻きながら、湯船のフチにごんっと頭をぶつける。
「もーーーーーー!!うまくいかない!!」
―夜・寝室―
澪は髪を乾かし、息を吐きながらベッドに潜り込んだ。
暗い天井を見上げながら、まださっきの喧嘩を引きずっている。
澪(通常)
「……僕、悪くない……悪くないよね。
一人が謝れば……許してやれなくもない。うん……」
澪(怒モード)
「いや、絶対あいつ折れねぇぞ。あの頑固さ……見ただろ?」
澪(通常)
「だったら……君が謝りなよ。僕は謝らないからね!」
澪(怒モード)
「なんで俺が謝る!?知らねえよ!」
布団の中でごろん、ごろん。
澪は枕に顔を埋めて足をバタバタさせる。
「はぁぁぁぁぁ……どうすりゃいいのさあぁぁ……!」
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。
今後もよろしくお願いします!




