第64話 所有紋を入れられて…再び(2)
15分が経過した頃。
突然、宝珠から響いたのは、聞き慣れないけれど妙に生活感のある声だった。
ーーリア「アグさ〜? 僕いま忙しいんだってば!
そろそろ今日の晩御飯の準備しないといけないんだよ?
主婦は暇じゃないの! 自分たちでなんとかしてよ!!」
料理の匂いが漂ってきそうな勢いだ。
ーー亜紀「す、すみませんお義姉さん!
晩御飯の準備は、私が代わりにしますから……どうか、お願いします!」
一人はお尻丸出しのまま固まる。
「えっ、晩御飯の話してる!? ここどこ!?」
と心の中で叫ぶ。
宝珠の向こうから、リアのボヤき声が聞こえる。
ーーリア「なんだってさ……こんな事で……これさ――」
少しの沈黙。
多次元の空気が凍りつく。
ーーリア「…………ごめん。帰る。んじゃ。」
亜紀が慌てて声を上げる。
ーー亜紀「ほんとにすみませんお義姉さん!!
お義姉さんしか読めないと思いまして!」
リアの怒りのスイッチが完全に入った。
ーーリア
「ていうかさ!!なんで僕が“他所の男のお尻”を
こんな至近距離で見なきゃいけないの!?
旦那のお尻だって、こんな距離で見たことないんだけど!!」
ーー澪「ごめんなさいっ!!どうしても必要で!!」
と澪が土下座しそうな声を上げる。
リアの深いため息の後。
ーーリア「はぁ〜〜……もう……。
えっと……“この者の所有を宣言する。
この紋章を破りし時、生殖器に紋章が現れる。リリス・セレクティア・監視紋”……
だって。どこかに“本命の所有紋”があるよ。
あと……この会話、ばっちり聞かれてるからね?」
「ひ……ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
一人の現実逃避メーターが限界突破。
ーーリア「……もう帰っていいよね。じゃ。」
通信がプツッと切れた。
その場の空気は最悪の意味で静まり返った。
澪が冷静に、しかし最悪の爆弾を投下する。
「……永遠。聞こえた通り。
どこか、もっとエグい場所に本命の所有紋がある。
脇の下とか……肛門とか……
ナイフが入りにくくて、重要な血管が通ってる場所。」
「え……えぐいって……ど、どこ……?」
永遠がナイフを構えながら言う。
「ちょっと待ってて。
はい、一人そのまま足を大きく開いて。動かないでね。
それと、股間から手を離しなさいよ。」
「む、無理ぃぃぃぃぃぃ!! 澪さぁぁぁぁん!!!」
と救いを求めて澪を見る。
だが澪は、苦悶の表情で首を横に振るだけだった。
「……ごめん一人。助けたいけど……
今は“対処”するほうが優先なんだ……。」
一人のメンタルは、星の彼方へと旅立った。
永遠が、震える指で一人のデリケートゾーン……いや、ギリギリ放送できる限界の位置に視線を落とした。
「…………あったわ。これっ!!」
部室に乾いた声が響く。
「やめてぇぇぇぇ!!!」
一人は悲鳴をあげるが、誰も助けてはくれない。
永遠が次元の宝珠をぐいっと近づける。その瞬間――
ーーリア「……うん、もう無理。帰る。」
通信の向こうで、リアの心が折れる音がした。
だが、その手を亜紀が必死に引き止める。
ーー亜紀「お義姉さん!! お願いします!! 見てください、ねっ!?」
ーーリア「えーーーーーーーーっっ!!?」
悲鳴が異次元に木霊する。
しばらくの沈黙のあと、諦めた声。
ーーリア「……もういいよ。見るよ……
えっと……“この者の所有を宣言する。誓約により、魂の契りを家成一人とリリス・セレクティスは行う。死がお互いを分かちあっても――”
……うわ、魂レベルの契約じゃん。
結魂だね。これもう絶対、離す気ないじゃん!!」
部室の温度が一気にマイナス数度下がった。
淡々と伝えられる残酷な真実。
永遠と澪が揃って一人を見る。
その目は優しさゼロ。
「お前、マジでやらかしたな」の視線。
一人は放心しながら呟く。
「ぼくの……人生……終わった?」
魔界のどこか ー リリス視点
その頃。
魔界の一室。
磨き抜かれた大理石の床に、深紅の絨毯。
りりは珍しく黒のスーツを身にまとい、高級チェアで脚を組んでいた。
薄い笑みを浮かべながら、魔導スクリーンに映し出される“部室の大騒ぎ”を眺めている。
「ふふふふ……残念。
あんなに頑張って仕掛けたトラップ、引っかからなかったか〜。
せっかく“私のモノ”って正式に宣言できる罠だったのに。」
指先で唇を撫でながら、ため息まじりに微笑む。
「でも……いいよね?
一人、もう私専用なんだし。
魂まで結んじゃったんだから……ふふっ」
その時、部屋の扉が静かに開いた。
中に入ってきたのは、背の高い男。
魔界でも最上級に属する存在――額には優雅に湾曲する二本の角。
そして高級ブランド物としか思えないスーツに身を包んだ紳士。
「……久しぶりだね、りりちゃん。」
柔らかく微笑むその声は、底が見えないほど穏やかだった。
りりは椅子から立ち上がり、まるで孫娘のように愛らしく微笑む。
「ええ……おじさん。
今日はね、お願いがあって来たの。」
その目は、恋する少女のように煌めきながら――
同時に、“所有を絶対に失わない悪魔”の色を帯びていた。
✦ ― 数時間後 ― 別宇宙・戸祭家
夕暮れ。
静かなリビングに、味噌汁の湯気と、肉じゃがの甘い香りがふわりと広がっている。
テーブルには、ご飯・具沢山味噌汁・ほくほく肉じゃが・香ばしい豚の生姜焼き。
彩りも完璧。旅館の夕食みたいに整っている。
隼人は箸を持った瞬間、目を輝かせた。
「理亜、今日のご飯いつもより美味しいよ!
この生姜焼き……やばい、店の味じゃない?
味噌汁も最高だよ。さすが僕の奥さんだね!」
「は、はは……う、うん。いつもと違うレシピなんだ。
よ、喜んでもらえて……よ、よかったよぉ……」
リアは笑っているが、額からつぅ〜っと冷や汗。
(アグのやつ……!!)
(僕より料理上手とか、聞いてないんだけど!?)
(旦那の舌が完全に贅沢になっちゃったじゃないかぁぁぁ!!)
心の中で土下座する勢いで嘆く。
そんなリアの内心とは裏腹に、隼人は幸せそうに箸を進める。
「ねぇ理亜、今度さ……弟さん夫婦に会ってみたいな。連れてきてよ。」
「あ、う、うん……その……」
リアの箸が止まる。
「今ね、外国に行ってるんだ。しばらく帰ってこれないみたいで……」
(絶対に……今日の“お尻事件”の話なんてできるわけないだろ……!!)
隼人は何も知らず、優しい笑みを浮かべた。
「そっかぁ。それなら仕方ないね。でも、帰ってきたらぜひ紹介してよ。家族なんだし!」
「う、うん……そのうちね……」
(まず、僕のメンタルが回復する“そのうち”が来るかどうかが問題なんだけど……!?)
こうして、別宇宙の戸祭家は平和に……そしてどこか必死に……夕餉の時間を過ごしていた。
☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。
今後もよろしくお願いします!




