第22話 最強のふたり(2)
「すみません……嫌な気分にさせてしまって。もう帰りますね。失礼しました」
ガチャリとドアノブを掴んだ、そのとき――。
「ごめん、ごめんなさい……もう言わないから、ごめん……うぐっ、うぐっ……」
後ろから、熱を帯びた腕が僕の背中に絡みつく。
その声は涙で震えていたが、抱きしめる力はやけに強かった。
振り返ると――そこには、涙で頬を濡らしながらも必死に笑おうとする澪先輩の姿。
彼女は僕を引き寄せ、何かに縋るように口づけをした。
その唇は、悲痛と嫉妬と愛情が入り混じった熱を帯びていて――僕の心臓を一瞬で支配した。
そのまま、彼女は僕の手を乱暴に掴み、寝室へと引きずっていった。
「いや、これ……」と口を開いた瞬間、
「うるさい!!」と怒鳴り声が飛ぶ。
その声は震えていて、泣きそうなのに必死で強がっているようだった。
「……あいつとは、したんだろ。なんで私じゃダメなんだよ。お前は――私の物だろ……!」
言葉は鋭いのに、声が掠れている。次の瞬間、背中を強く押され、僕はベッドに押し倒されていた。
「澪さん!! いい加減に落ち着いてください!」
思わず声を荒げてしまう。
すると――澪さんの肩がびくりと震え、そのまま崩れるように膝をついた。
両手で顔を覆い、しゃくりあげながら声を詰まらせる。
「うっ……うっ……だって……だって……お前を……取られたくないんだよ。取られたくない……! ごめん、ごめんなさい……」
その姿は、さっきまでの強引さとはまるで別人のようだった。
僕はため息を吐き、ゆっくりと身体を起こす。
――そうか、ここで逃げても無意味だ。むしろ彼女を傷つけるだけだ。
「……わかりました」
意を決して、静かに言う。
「煮るなり焼くなり好きにしてください。先輩にはいろいろ良くしてもらったし……それで先輩の気が済むなら、もう任せます。ただ――とりあえず、シャワー浴びてきます。そのあと、考えましょう。お風呂、こっちですよね」
努めて冷静にそう言うと、澪さんは泣き腫らした顔でただ頷いた。
僕は立ち上がり、浴室に向かう。
――正直、腹は減ってた。ご飯食べたかったな。
やがて、二人は同じベッドに並んでいた。
「澪さん、少しは気が済みました?」
静けさを破ったのは僕だった。
「……ああ、まあ……意外に男らしいとこあるんだな、お前。迷惑かけた」
「ほんと、いい迷惑です。でも……澪さんだから、いいんです」
僕が冗談めかして笑うと、澪さんはわずかに唇を震わせ、そして小さく笑った。
「そう言ってもらえると……助かる。なあ、私、こんな面倒くさい女じゃないんだ。本当は。でも、それでも……受け入れてほしい。命令とか、義務感じゃなくてさ……」
「仕方ないですね。僕は映画兼研究会の備品ですから。部長専用の――ね」
「……ふふ。そうだったな。私専用の備品。すっかり忘れてた」
彼女はようやく、少しだけ柔らかい表情を見せた。
「じゃあ……なんか映画1本観て寝ましょうよ。それとお腹減りました。食べながら観ましょう」
「うん……」
ほとんど聞き取れないくらいの小さな声で、彼女は呟く。
「……ありがとう」
その声を胸の奥で受け止めながら、僕は微笑んだ。
「で、映画ですけど……『最強のふたり』と『ミザリー』、どっちがいいですか?」
「お前、デリカシーなさすぎ! 『最強のふたり』 一択だろ! 私、ミザリーじゃないんだから!」
「ははっ、そうですね」
あれほど情緒を揺らし、泣き叫んでいた彼女が、いまは普通に拗ねた顔で僕に突っ込んでくる。
――そんな彼女が、愛おしい。抱きしめたい。
こうして夜は、穏やかな静けさの中で更けていった。
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