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第60話 愛川りり(4)

 夢を見た。


 うっすらとした残滓のような記憶。


 けれど、胸の奥にはしっかりと刻みこまれる温度だけが残っていた。




 ーりりのマンションー



 気づけば、一人かずとは見覚えのない――いや、どこか既視感のある寝室に立っていた。


 つい先日まで、物が散らかっていたはずのりりの部屋。


 その面影はなく、まるでモデルルームのように整えられている。


 そして、彼の目の前には――

 キャミソールにショートパンツという妖艶なくらいラフな部屋着姿のりり。



「よく来たね、ふふっ」


 その微笑みは甘くて、どこか危うい。


 一人は思わず後ずさった。


「えっ……ここ、りりさんのマンション? どうして僕、ここに……?」


 りりは軽く首をかしげて、唇を楽しげに弧を描く。


「何言ってるの? 同棲してるの忘れたの?」



「えっ……? 同棲……? 僕たち?」



 その瞬間――


 りりの瞳が淡く光を宿した。


 柔らかい光……なのに、引き込まれそうな危険な輝き。



 一人の目がぼんやりと曇り、

「……そうだった。ごめん……ごめ……って、いや待って!?

 本当に!? 僕、りりさんと!?」


 次の瞬間、目の焦点が戻る。



 りりはぽふっと肩をすくめて笑った。


「うーん……なかなか手強いわね。

まぁ、しょうがないか。君だし」

 

 その“あきれ半分、愛情半分”の声音に、一人は胸の奥がくすぐったくなる。



 りりはベッドに腰かけ、ぽんぽんと横を叩いた。


「じゃあ、お話しましょう?」


「う、うん……僕も、話したかった」


 ふたりは隣り合って座る。


 その距離は近い。


 少し動けば肩が触れてしまうほどに。




「ふふ……変わらないわね、君」


 りりは昔を懐かしむような目で一人を見つめる。



「うん……りりさんって、うちの隣に住んでた“りりねえちゃん”だよね」



「そうよ。思い出してくれて嬉しいわ」


 一人は照れたように頬を掻いた。


「笑わないで聞いてよ……僕、りりさんが……初恋の人なんだ」


 りりの瞳が優しく細められた。


「ふふっ。五歳で婚姻届出してた子が、何言ってるのよ。


 あれが初恋じゃなかったら、どれだけプレイボーイなの?」



「お、覚えてるの!? あのこと……?

 うわあああああ……恥ずかしいっ……!」


 両手で顔を覆う一人。



 りりはクスクス笑い、そっと彼の手に触れる。


「嬉しかったのよ。今でも。


 私にとっては……宝物みたいな記憶」


 その声は優しくて、切なくて、どこまでも甘酸っぱかった。



「それと――“約束”覚えてる?」


 りりの声が少し震えた。


「あの別れの日のこと」



 一人は強くうなずいた。


「覚えてる。“迎えに行く”って……僕、言った」



 りりは息をのみ、そして安心したように微笑む。


「……そっか。それが聞ければ、いいの。


 君には、こういう接し方のほうが……いいのね」



 そう言って、りりはそっと身を寄せた。


「“迎えに来てよ”


 それと――“私をお嫁さんにするんでしょう?”


 あれ、約束だから」



「う、うん……」


 歯切れの悪い返事。


 でも、逃げる気配はなかった。



 りりは柔らかく笑った。


「今はそれでいいわ」




 そして。


 ゆっくりと、りりの顔が近づく。



 一人も目を閉じた。



 唇が触れ合い――



 触れた瞬間、時間がゆっくりと延びていく。



「……ん……」


 30秒にも満たない短い口づけ。


 けれど、その甘さは永遠のように濃密だった。


 離れると、ふたりの唇の間に細い糸が残った。


 名残惜しそうに、それが消える。



 りりは囁く。


「また来るわ。いい?


 このことは……内緒ね。ふふ」


 妖艶な光を瞳に宿しながら。


 でも――さっきの甘酸っぱい笑顔も、しっかりとそこにあった。





 ピピピピピ――


 耳元で鳴り響くアラーム。


 いつもと同じ、変わらない朝のはじまり。


 一人かずとは、重いまぶたをゆっくりこじ開けながら身じろぎした。


「ん……んー……なんか夢、見た気がしたけど……

思い出せないや……」


 頭の奥にざらつくように引っかかる“何か”がある。


 指先でつかめそうで、つかめない。


 記憶の残滓だけが、胸の奥にふわりと漂っていた。


 一人は両手で顔を覆い、深く息を吐く。


 枕に残る微かな甘い匂いに気づくこともなく。


 それはゆっくり、空気に溶けるように消えていく。



 まるで――



 ここに誰かがいた痕跡を、丁寧に消していくように。


 そして、いつもの日常がまた始まる。












ーりりのマンションー



 ベッドのシーツがさらりと音を立て、

 りりはゆっくりと上体を起こした。



 伸びをしながら、唇の端が自然と綻ぶ。


「んー……うん、いい感じ。


 ……ふふっ、今夜が楽しみね。」


 微睡まどろみの余韻の奥で、

 胸の内側がじわりと熱を帯びていく。



 満たされるような充足感。


 恋をした少女のような高揚感。


 そして――体の芯から吹き上がる、通常ではありえないほどの“力”。


 りりは手のひらを、ゆっくりと目の前に掲げた。


「……やっぱりね。 」


 指先から、密やかに、しかし確実に魔力がにじみ出す。


 青白い電流のような光がほつれ、

 バチッ……バチバチッ……と小さな火花を散らした。



 まるで体内のエネルギーが、隠しきれず外へ漏れているかのよう。


「口づけだけで……こんなに…」


 妖しく笑う。


 その目はもう、優しい恋する少女のものではなかった。


 鋭く研ぎ澄まされ、まるで獲物の弱点を見抜く狩人の光。


「ふふ……逃がさないから。」


 りりの周囲で、ぱち……と最後の火花が散った。




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