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閑話休題 夢 幼き日の思い出(3)

 次の日の夜―― 

 



 また夢を見た。


 それは、本来あるはずのないはずの記憶。


 追憶…


 そして胸の奥では、“確かに存在した”と告げるほどの温度で甦ってくる。


 



 ――トラックのエンジン音。


 夏の昼下がりのような、どこか乾いた響き。


「お世話になりました。でも、いつか“また帰ってきますね”」


 りりのママが、寂しげに笑いながら頭を下げる。



「こちらこそ……いつもうちの子がお世話になって……」


 一人の母は、慣れない別れにぎこちない笑みを浮かべた。



「ほら、一人。お別れの挨拶をするのよ」


 足にしがみついたまま、一人は顔を上げられずにいた。


「うぐっ……うぐっ……ねえちゃん……っ」


 嗚咽にまぎれた声は幼くて、どうしようもなく切なくて。



 りりはその姿を見つめ、唇を噛む。


「……うん。ごめんね……」


 りりの表情は浮かない。


 後ろ髪を引かれるどころか、心ごとちぎられるような気分だった。


「行くわよ、りり」


 りりのママが声をかける。


「……う、うん……」


 一度だけ、一人を振り返る。



 そして絞り出すように言った。


「“またね”……“約束”だよ。


 必ず迎えに来てよ……“約束”だからね……」



 一人は涙でぐしゃぐしゃになりながら、それでも必死に頷いた。



「う、うん……ねえちゃん……!」 


 やがて、二人を乗せた車は静かに動き出す。


 砂利道の上をタイヤが転がり、音が遠ざかっていく。



「ねえちゃーーん!!」


 一人の絶叫は、

 トラックのエンジン音に飲まれて、空へと散っていった。



 消えていく背中。


 伸ばした小さな手。


 叶わなかった“約束”。


 夢の中で、一人はもう泣き声さえ出せなかった。




 ――そして。


 その別れの光景を、

 路地の奥からじっと見つめる影があった。



 風に揺れる赤い髪。



 ゆっくりと口角を上げ、誰にも聞こえない声でつぶやいた。


「……そろそろ、次の段階ね。


 いいわ……いい感じで“詰めてる”。


 もうすぐ……ふふ」


 その瞳は、一人を追い続けてきた年月の奥で、

 ゆっくりと歪んだ光を宿していく。



 夢を見ている一人に、決して悟られぬように。


 けれどその笑みには――



 あの頃の優しい“ねえちゃん”の面影は、もうどこにもなかった。



 ただ濃厚な執着だけが、

 夢の気配に溶けるように、静かに、深く漂っていた。






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