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第59話 愛川りり(3)

 その日の夜――いや、もはや「朝」と呼んだ方が正しい深い時間。



 片付いた静かな自室で、りりはロックの芋焼酎をゆっくりと揺らしていた。


 独特の香りがふわりと鼻先をくすぐり、氷がきらりと光っては小さく音を立てる。


 りりはスマホに映された写真をまるで宝物のように見つめる。



 それは、とある2ショット写真。


 ベッドの上で、驚いた表情の“彼”に後ろから抱きつく自分。



 まるで偶然が仕組んだ小さなハプニングのようで、どこか甘くて、どこかくすぐったい。



「ふふ……ついに見つけたよ、ママ。やっと、やっと見つけた」


 りりの指先がスマホの画面をなぞる。



「これ、運命だよね。私たち、惹かれあってたんだ……悠久の時の果てでさえ、離れなかったんだよ」


 芋焼酎のグラスを軽く持ち上げ、もう一度写真を見る。



 その目はどこか夢見るようで、どこか危うくて、けれど温かかった。


「さて……今日はもう遅いしね。続きは明日から、かな。ふふっ……楽しみだよ。ねえ、私の旦那様」


 そう囁いて、りりはそっと画面の“彼”に触れ、唇を寄せた。



 コロン、とグラスの中で氷が静かに転がる。


 それはまるで、長い夜の幕が落ちる合図のようだった。




 朝――澪のマンション。


 薄いカーテン越しに差し込む光が、まだ寝癖の残る一人の頭をふわりと照らす。



 あくびを噛み殺しながら、ぼんやりとした声でつぶやいた。


「おはよう……まだ体が痒い……あの部屋、ほんと最悪だったよ……」


 台所では澪がマグカップを抱えたまま、同じく眠そうにため息を漏らす。



「うん。女子力ゼロだったわ、あいつ。……ごめん、今日の朝ごはん、手抜きした」


 テーブルに並んだのは、トーストとコーヒーだけ。



 一人は苦笑しながら席につく。


「いや、そりゃそうなるよね。帰ったの深夜だったし……」



 澪はコーヒーに口をつけながら、そっと問いかける。


「で……なんで? あいつのとこ行ったの?」


 その言葉に“彼”は手にしたトーストを持ち上げたまま固まる。



「えっ……だって、行っていいって……澪が……」



「えっ」


 ぱさっ、と澪の手からトーストがテーブルに落ちた。



 一瞬の沈黙。



 一人はどんどん声を小さくしてつぶやく。


「澪が許した……って……りりさんに…聞いた……から……」



 汗がこめかみを伝う。澪の視線がじっと突き刺さる。


 やがて、澪は深く息を吸った。


「言ったよ? でもね……“永遠に”許してるけど……りりにそんな話した覚えはないよ?」



 その瞬間。


「えーーーーーー!!」


 一人の絶叫が朝の空気を震わせる。



 澪は頭を抱え、椅子に沈み込みながら言った。


「君さ~……バカなの? あ〜もう、ほんと……」


 そして、呆れながら…


「僕がついてなきゃ、君ここでは生きていけないよ〜」



 その声はマンション中に響き渡り、

 騒がしくも、どこか温かい朝がゆっくりと始まっていった。




 ー放課後・映画研究部部室ー



 部室のドアが閉まると同時に、

  一人は永遠に首からプラカードをぶら下げられ、あれよあれよと部屋の隅へ追いやられた。



「じゃあ、そこの隅で正座して待っててよ。これから澪と大事な話があるからね~」


 永遠はにっこり、けれど目が笑っていない。



 “彼”はすがるように澪を見る。


 助けを求める子犬のような目だ。



 しかし澪は、すっと視線をそらし、首を横に振った。


「ごめん……助けられないな。僕も反省すべきと思うし。……残念だけど」



 首から下がったプラカードには、こう書かれていた。


「僕は、きれいな婚約者がいるのに、別の女の家にほいほい付いていくダメ男です」


(……文字数が無駄に丁寧だ……)



 彼は遠い目をした。


 永遠は腕を組みながら、呆れたようにため息をつく。


「私、優しいと思うけどね。これくらいで許してあげてるんだから」


「うんうん。君の貞操の危機だったんだぞ? 少しくらいは危機感持たなきゃ」


 澪は完全に“加害者側”の顔でうなずく。



 さらに永遠が追い打ちをかける。


「だから前から言ってたじゃん。女で苦労するよって」



「うん……知ってた……分かってた……つもりだった……。これはもう反省だね」


 澪は遠い目をした。


 そして、二人の会話はだんだん危険な方向へ。


「これから日常茶飯事になるからね。あいつの女癖の悪さ、天才的だもん。もう病気だよ」

 永遠が肩をすくめると



「そこは僕がしつけ直さないとね。いっそ監禁する? 僕が養えばいいし……僕に依存しないと生きていけないって、むしろちょうど良くない?」


 澪が物騒な案を自然に出してくる。



 永遠はすかさず指を立てて、

「それシェアしてよ。私のものでもあるんだから」



 すると隅で正座していた一人が、恐る恐る手を挙げた。


「あ、あの……その……僕の意思とか……人権とかは……?」



 返ってきた答えは、迷いなかった。


「あるわけないでしょ。私のものなんだから」


 永遠はきっぱり。


「ないよ。全部僕に任せて」


 澪もさらっと追撃。




(えーーーーーーーーーーーーーーー!!!)



 心の中で悲鳴を上げる“彼”。


 夕暮れの部室には、彼の見えない魂がスーッと抜けていく音が聞こえた……ような気がした。




☆ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


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