第58話 愛川りり(2)
―自宅に戻った澪は―
「……おかしい。もう帰ってるはずなのに、なんで?」
玄関の灯りはついていない。
部屋の鍵もかかったまま。
一人のスマホ位置情報は“圏外”を示したまま、ぴくりとも動かない。
胸の奥で嫌な予感が膨らんでいく。
澪は震える指でスマホを操作し、永遠にコールする。
――トルルルル。
「はい、どうしたの?」
のんびりした永遠の声が返ってくる。
「永遠、一人がまだ帰ってないんだ。連絡もつかない」
「えっ? だいぶ前に校門で別れたわよ?」
「……校門で別れたあと、どこかに寄ったってこと?」
嫌な汗が背中を伝う。
澪は奥歯を噛みしめた。
「もしかして……!!」
胸がざわつく。
「やばい……っ!」
澪はスマホを握りしめ、玄関を飛び出した。
「永遠、一人が攫われたかもしれない!!」
夜の空気がざわりと揺れた――。
―りりのベッドで、目を覚ますと―
「……ん……?」
まぶたを開けた瞬間、一人は跳ね起きた。
「えっ……は、裸!? なんで裸!? しかもここ……りりさんの部屋!? なんでだよこれ!!」
全身にシーツがかけられているが、それはむしろ状況を悪化させていた。
記憶が途中から抜け落ちている。
そんな一人の混乱を楽しむように――
「ふふっ。起きた?」
隣から柔らかい声。
振り向くと、同じベッドの中に りり がいた。
肩より上しか出していないが……どう見ても、まとっているのは布団だけだ。
「り、りりさん!? えっ……ぼ、僕……りりさんに……なにか……し、しました!? まさか、その……!」
言葉に詰まる一人。
りりはシーツごと身体を滑らせ、一人にぴたりと抱きついてきた。
温かい素肌が触れる――それが何より雄弁だった。
「うん。そうだねぇ……もう離さないからね?」
りりの唇が頬に触れそうな距離まで迫り、吐息が直接肌にかかる。
「よく……私のところに来てくれたね。運命だよ……ふふ。
ママが導いてくれたんだ……。」
「えっ……えっ、ママ……? いやいやいや……!」
りりは一人の動揺を楽しむように、さらに身体を寄せる。
耳もとに唇を寄せ――
「じゃあ……続き、しようか。ね?」
低く、甘く、蕩ける囁き。
「そっ……そ、それって!!」
「私の家に来て、“なんにもなくて帰れる”なんて思ってたの?」
妖艶に細められた瞳が、一人の心臓を鷲掴みにする。
逃げ場はない。
声も出ない。
ただ――鼓動だけが、やたらと大きく響いていた。
「そ、そうだね……」
小さく搾り出すと、
りりは満足そうに微笑んだ。
「うん、いい子……」
その瞬間、りりの指先が布団の下でゆっくりと――。
―それから1時間後・りりのマンション前―
「一人!!今、助けてやるぞ!!」
ドンッ!!
澪が勢いよく玄関を開け放つ。
――そして、固まった。
そこには目を疑うような光景が…
目の前に広がるのは――
りりと一人が、頭に三角頭巾・口元にはマスク。
完全装備で“大掃除”していた。
「よし、次は台所の油汚れ落とすよー。洗剤取ってー!」
一人がゴム手袋のまま振り返る。
その目が妙に死んでいる。
「えっ……ちょ……状況が理解できないんだが……」と澪。
りりはというと――
「はは……はははは……」
と、冷や汗だらだらで乾いた笑いを続けている。
部屋の惨状は壮絶だった。
床一面に散乱したペットボトル、弁当の空箱、無数の空き缶。
浴室は原因不明の緑色。
トイレは説明を放棄したくなるレベル。
一人はジト目でりりを見つめながら言う。
「ほんと!!澪、助かるよ。この部屋ひどすぎるって……。
女物の洗濯お願い……あと浴室なんて緑色だったよ?
トイレも最悪だし……。りりさん、だらしなさすぎ。」
「うぐっ……」
りりは完全に逆らえず縮こまる。
「この部屋じゃ横になれないよ。背中が痒いもん。
たぶんダニだよ……うわ、また痒っ……。
りりさん、ほんと頼むよ……。」
「ご、ごめん……。 」
妖艶サキュバス、生活能力だけは壊滅的。
澪はため息をつきながらも袖をまくる。
「……仕方ない。私も手伝う。」
こうして――
妖艶な誘惑から一転して、3人の大掃除が始まった。
結果。
深夜まで続いた掃除で、
ゴミ袋は 数十個 に膨れ上がり、
マンションの収集箱は完全にパンク。
妖艶な夜の展開などどこかへ吹き飛び、
ただただ、疲労と達成感と虚無感だけが残ったのだった。
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