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第54話 小さな恋のメロディ

 それは――記憶。



 偽りの記憶。


 ……否、確かに存在したはずの記憶。



「ピンポーン!」


 家成家の隣――愛川家のインターホンが鳴った。


 ガチャ、と玄関が開くと、そこには


 小さな男の子――幼い頃の一人かずとが、両手で茶色の紙を差し出して立っていた。



「ねえちゃん、はい!これ!!」


 息を切らしながら、手を突き出すその姿は、まるで宝物を届けにきた騎士のようだ。



 玄関に現れた少女――小学校高学年のりりは、目を細めて紙を受け取った。


「ふふ……ありがと。


 そうだね、一人が大きくなってイケメンになったら、もらってあげるよ。


 だから、いい男になれよ?」



 からかうような優しさに、一人は顔を真っ赤にして笑った。



 奥から静かに気配が近づき、りりの母――整った顔立ちの美人が顔を出す。


「ふふ、二人とも仲がいいのね。」



「ママ、そうなのよ。一人がね――


 “大きくなったら私をお嫁さんにする”んだって。


 ほんとませてるんだから。」



 りりの母は茶色の紙を覗き込み、わずかに眉を上げた。


「……ふーん。モテるのね、りり。でも、これ――契約よ?」


 りりは笑って肩をすくめた。



「いいの。


 (悪魔の)私に懐いてくれるの、この子だけだし。


 でもまあ、子どもだしね。大きくなったら気も変わるでしょ。」



 その軽い言葉に、一人はぶんぶんと首を振る。



「そんなことないよ!


 ねえちゃん、ねえちゃんが大好きなんだ!!


 大きくなったら、絶対にお嫁さんにするから!」



 その声は、幼いながら確かな真剣さを帯びていた。



 りりは少しだけ驚き、そして優しく笑った。


 ――これが、二人の“契約”。



 大人から見ればただの冗談。


 しかし“悪魔の娘”であるりりにとっては、

 絶対に破られない魂の契約だった。





 その様子を――


 夕暮れの路地の奥で、じっと見つめる影があった。


 風に揺れる赤い髪。


 異様な存在感。


 目の奥だけが、夜よりも濃く光っている。



 “りり”とよく似た顔立ちだが、

 笑い方はもっと残酷で、もっと賢く、もっと底が見えなかった。



 赤髪の女――りり。



 彼女は過去の記憶を見つめながら、唇をゆがめて笑った。


(……澪のやつ。

 “自分に都合のいい記憶だけ”残して、

 それ以外はぜんぶ封印してるのね。)



 風が吹き、赤髪が揺れる。


(どんだけ一人に執着してるんだか。でも――まあ、いいわ。 )



 その瞳に映るのは、幼い一人の笑顔。


(せっかくなんだから……利用しない手はないよね。)



 赤髪のりりは静かに振り返り、

 闇の中へ微笑みながら消えていった。





 澪のマンション ――



 翌朝。



 いつものキッチン、いつもの朝食、いつもの二人。



 ……のはずなのに。



 テーブルを挟んだ空気は、まるで氷の膜が張ったように冷たかった。



「いただきます。」

 二人の声が重なる。


 

 だが、その先が続かない。



 窓の外――


 

 車のエンジン音、出勤する人々の足音、遠くの鳥の鳴き声。


 本来なら生活の音として自然に受け流せるはずのそれらが、

 今日は妙にやけに耳についた。



 味噌汁を啜る音。


 茶碗を置く小さな音。



 ……そんな些細な音さえ、この部屋の静寂に大きく響いた。


 耐えきれなくなったのは、一人だった。


「あ、あのさ……昨日は……ほんとに何もなかったんだよ。


流れで……家にあげたけどさ……」



 澪は味噌汁を口に運んだまま、

 一人の目を見ようとしなかった。



「それは、もう聞いたよ。


でも、もうあの女には関わらないこと。……いい?」


 トン、と味噌汁の椀が小さく鳴る。



 その言葉は淡々としているのに、

 背後に圧のような“怒り”が潜んでいた。


「……あの人のこと、知ってるみたいだけど。なんかあったの?」


 一人の問いに、澪はほんの一瞬だけ目を細めた。



 それは“記憶の痛み”を押し殺すような表情だった。


「仕事の関係だよ。これ以上は聞かないほうがいい。


ろくなやつじゃないから。」



「う、うん……」


「ご、ごめんね。でもさ、あの時……見てられなかったんだ。」


 澪の眉がわずかに動く。


「……いいよ。君の性格は知ってる。でも気をつけな。


 “みんないいやつ”ってわけじゃないんだから。」



 そして――


 その“みんな”の中に、彼女は特に二人を思い浮かべていた。


 永遠とわ


 そして――りり。


「特に最近、君の周りに集まってくる女にはね。」



「うーん……りりさん……初めて会った気がしないんだ。なんでだろ……」



 その瞬間。


 澪の箸が、ぴたりと止まった。


 空気が変わる。


「――その話、やめようか。」


 声が低かった。


 底が冷えるほどの静けさがあった。


「朝から不愉快だよ。君は僕の婚約者だよ?


なんで他の女の話するのさ。」



「……ご、ごめん……」


 一人の肩がしゅんと落ちる。



 その落ちる様子を横目で見ながら、澪は小さく、深く息を吐いた。


 こうして、二人にとって “もっとも気まずい朝”が始まった。





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